2010年12月28日火曜日

Bryn 2010

「クフ王のピラミッドに関する建造の新解釈」というニュースが欧米を中心に出回ったのは、確か2010年9月下旬ですが、世界のエジプト学者たちが使っているメーリングリスト、Egyptologists' Electronic Forum (EEF)にてこの知らせが送られて来た時には、「本当は速報することもないんだけども」という但し書きがウェブマスターによって付されていました。

直後にはしかし、EEFではピエトロ・テスタから支持の返事が送られて来ており、こうした受け答えは重要となるかと思います。テスタは2009年に、ピラミッドに関する包括的な本の2巻目をイタリア語で出した建築家。第1巻目は薄いものの、第2巻目は1000ページを超えるという大著で、示されている内容は建築学的には非常に重要だと感じられます。
カラーページを豊富に交えたこの著作については、Testa 2009をご参照ください。同じテスタによる古王国時代の棺に関する設計方法の分析については、Testa 2010もあります。
さて、北欧から発信されたこの論文について。

Ole Jørgen Bryn,
"Retracing Khufu's Great Pyramid.
The "diamond matrix" and the number 7",
Nordic Journal of Architectural Research, Vol. 22, No. 1/2 (2010),
pp. 135-144.
http://www.ntnu.no/c/document_library/get_file?uuid=71763182-fed8-4727-bb58-b5d9e754d6de&groupId=10325

こうした学術論文が発表直後、無料にてネットでダウンロードできるというのはとても珍しい。通常はあり得ないこと。
すなわち反響を大いに期待しての、公開が優先された処置、というふうに解釈されます。

ピラミッドの構築で、頂上石、つまり最上位に置かれる「ピラミディオン」と呼ばれる四角錐の石塊をどのように頂上に置くのかが、ピラミッドの構築方法における最大のカギなのだと述べるくだりは、これまでも繰り返されてきました(cf. Clarke & Engelbach 1930; Houdin 2006)。
ここでもそれが記されています。建築に関わる者であったら、ごく自然な考え方です。

クフ王のピラミッドの断面計画について、キュービット王尺をまず第一に念頭に置いて分析し、階段ピラミッド状の内部構造を想定している点が注目されます。これに、平面における星形となる歪みを重ね合わせた点が新しいところ。
クフ王のピラミッド内に、階段ピラミッドのような断面を想定することにはしかし、大きな異論があると予想されます。これについては十全な論考が示されていません。
短い論文なので、仕方ない点ではありますが。

クフ王のピラミッドが、正確には四角錐ではなく、4つの三角形の各側面がわずかに凹んでいるという事実、つまり平面で言えば4つの先端を持つ星型であること(4芒星の平面;言い換えるなら、凹みが4箇所にある8角形)は、飛行機によって上空から写真が撮られた時に、初めて明らかとなりました。これは凹凸のある8面体のピラミッドとも呼ばれます。この形状の計画寸法を、平面図と断面図との両方において考察した論文。

平面と断面に同間隔の格子線を引いて、ピラミッド内における諸室の位置との整合性を探っており、こうした厳密性はこれまで探られたことがありませんでした。テスタはこうした姿勢を汲んで、賛成していると思われます。
黄金率や円周率に基づく解釈を排している点がきわめて明瞭。この点は強調されるべきです。

でもここにはまだ示されていない研究成果があると推測され、

http://www.sciencedaily.com/releases/2010/09/100924084615.htm

を見ると、他の小ピラミッドに対する分析図がうかがわれますので、この著者による、今後のさらなる発表が期待されます。
クフ王のピラミッドだけを扱った分析はいくらでもあるのですが、ピラミッド全部を包括しようとした考察は極端に少ないわけで、この論考がどこまで射程を有しているのかが、面白いところかと思われます。

一方、参考文献をどのように正しく挙げているのかを見る限り、貧弱な印象しか与えられません。
「そういうところで論文の内容を判断するのか」という反論がもちろん、寄せられるかと思われますけれども、ある程度はこれによって論文の質がうかがわれるのでは。
論文というのは、自分の意見を客観的に、既往の研究を正しく参照しながら綴る行為と思われていますが、この作業が反転して、「逆に読む」という方法が先行する場合も起こります。
この逆転をさらに逆手にとって、「引用すべき文献を並べるリストから始める」という論文の書き方もあるはずかと。
こうした微妙な方法の違いは、興味深く思われます。

2010年12月16日木曜日

Testa 2010


古代エジプトの古王国時代における棺を集め、寸法計画を分析した本です。木棺が8例、石棺が42例。
建築家である著者ならではの考察。CADを用いたカラー図版を用いながら、直方体を呈する棺の寸法と、キュービット王尺(1キュービット=52.5cm)との関連を探っています。
古代エジプトにおける寸法計画を考える上で、かなり画期的な書。どの棺を対象としているのかは、たぶん注目される事項ですので、第5章のみ、長くなりますが目次の小項目も掲げておきます。クフ王の石棺、カフラー王の石棺は考察対象に入っていますが、地中海に沈んでしまったメンカウラー王の石棺は入っていません。
目次と実際の小項目との記載が合致していないので、注意が必要。表記の統一が徹底されていません。ここでは適当に(!)勘案して掲げます。
被葬者の名前が分からない場合、Inv. No.ぐらいは明記しておいて欲しかったところですが。

Pietro Testa,
La progettazione dei sarcofagi egiziani dell'Antico Regno.
Area 10: Scienze dell'antichità, filologico-letterarie e storico-artistiche, 650
(Aracne Editrice, Roma, 2010)
126 p., 21+25 tavole.

Indice:

Prefazione (p. 11)

Capitolo I: La religione egiziana (p. 13)
Capitolo II: Mummificazione e rituali (p. 31)
Capitolo III: Il rituale funerario (p. 43)
Capitolo IV: I sarcofagi (p. 71)
Capitolo V: L'analisi progettuale (p. 77)

Sarcofago ligneo nº1
Sarcofago ligneo nº2. Set-ka
Sarcofago ligneo nº3. Idu II
Sarcofago ligneo nº4
Sarcofago ligneo nº5. Mery-ib
Sarcofago ligneo nº6. Seshem-nofer
Sarcofago ligneo nº7. Ny-ankh-Pepy
Sarcofago ligneo nº8

Sarcofago litico nº1
Sarcofago litico nº2. Hetep-heres
Sarcofago litico nº3. Kheope
Sarcofago litico nº4. Hor-gedef
Sarcofago litico nº5. Heru-baf
Sarcofago litico nº6. Ka-uab
Sarcofago litico nº7. Ka-em-sekhem
Sarcofago litico nº8. Gedef-Khufu
Sarcofago litico nº9. Khufu-ankh
Sarcofago litico nº10. Khefren
Sarcofago litico nº11. Kha(i)-merr(u)-nebty (I)
Sarcofago litico nº12. Meres-ankh III
Sarcofago litico nº13. Kha-merru-nebty (II?)
Sarcofago litico nº14. Una regina di Mikerino (?)
Sarcofago litico nº15. Kai-em-nefert
Sarcofago litico nº16
Sarcofago litico nº17
Sarcofago litico nº18
Sarcofago litico nº19
Sarcofago litico nº20. Snefru-khaef
Sarcofago litico nº21
Sarcofago litico nº22. Seshem-nofer (III)
Sarcofago litico nº23. Hetep-heres, moglie di Seshem-nofer (III)
Sarcofago litico nº24. Senegem-ib Inti
Sarcofago litico nº25. Ptah-segefa detto Fefi
Sarcofago litico nº26. Ny-ankh-Ra (I)
Sarcofago litico nº27. Weta
Sarcofago litico nº28. Hetepi
Sarcofago litico nº29. Ny-ankh-Ra (II)
Sarcofago litico nº30. Hekeni-Khnum
Sarcofago litico nº31. Ir-sekhu
Sarcofago litico nº32. Seshem-nofer (IV)
Sarcofago litico nº33. Nefer detto Idu (I)
Sarcofago litico nº34. Sekhem-ka
Sarcofago litico nº35. Ankh-ma-Hor
Sarcofago litico nº36. Khnum-nefer
Sarcofago litico nº37. Seneb
Sarcofago litico nº38
Sarcofago litico nº39. Meru
Sarcofago litico nº40. Teti
Sarcofago litico nº41. Pepi II
Sarcofago litico nº42. La gatta Ta-miat

Bibliografia (p. 125)
Tavole (p. 127)

実測値については逐一、掲載されていません。
テスタが参考にしているのは、トリノ・エジプト学博物館の前館長であった人物が以前出版した古王国時代の棺に関する本で、この書物は現在、ボストン博のページからPDFのダウンロードが可能。
A. M. Donadori Roveriの著作については、これまでも何回か触れてきました。下記の本でも、木工の仕口は詳しく図示されており、興味深い書です。

Anna Maria Donadoni Roveri,
I sarcofagi egizi dalle origini alla fine dell'Antico Regno.
Istituto di Studi del Vicino Oriente, Serie Archeologica 16
(Università di Roma, Roma, 1969)
180 p., 20 figs., 40 tavole.
http://www.gizapyramids.org/pdf%20library/roveri_sarcofagi.pdf

テスタの本は、古代エジプトの尺度と、計画方法とをともに考えようとしたものであることには疑いなく、同時に「小キュービット」と呼ばれてきた尺度(=45cm)が本当に存在したのかという、大事な点を問うことを言外に示している書、という位置づけになります。
巻末に収められた、カラーを交えた棺の分析図は、建築を専門とする者にとって重要。
本文中に誤記が散見される点は残念です。

2010年12月5日日曜日

Hawass, Manuelian, and Hussein (eds.) 2010 [Fs. Edward Brovarski]


E. Brovarskiへの献呈論文集です。アメリカのボストン美術館から出された展覧会のカタログ、

Edward Brovarski, Susan K. Doll, and Rita E. Freed (eds.),
Egypt's Golden Age:
The Art of Living in the New Kingdom 1558-1085 B.C.

Catalogue of the Exhibition
(Museum of Fine Arts, Boston. Boston, 1982)
336 p.

についてはちょっと触れたことがありますけれど、巻末には目配りの利いた多数の参考文献が列記されるなど、きわめて充実した内容を示す本で、新王国時代の研究者にとっては必携の書です。
この本の編者の一人がBrovarskiで、下記のように、ASAEのCahierシリーズ(CASAE)から出版されました。

Zahi Hawass, Peter Der Manuelian, and Ramadan B. Hussein (eds.),
Perspectives on Ancient Egypt: Studies in Honor of Edward Brovarski.
Supplément aux Annales du Service des Antiquités de l'Égypte, Cahier (CASAE) 40
(Publications du Counseil Suprême des Antiquités de l'Égypte, Le Caire, 2010)
474 p.

Contents:

Zahi Hawass,
PREFACE (p. 9)
ACKNOWLEDGEMENTS (p. 11)

Del Nord,
EDWARD BROVARSKI: AN EGYPTOLOGICAL BIOGRAPHY (p. 13)
BIBLIOGRAPHY OF EDWARD BROVARSKI (p. 23)

Schafik Allam,
NOTES ON THE DESIGNATION 'ELDEST SON/DAUGHTER'
(z3/z3.t smsw: Sri '3/Sri.t '3.t) (p. 29)

Hartwig Altenmüller,
SESCHAT, 'DIE DEN LEICHNAM VERSORGT', ALS HERREN ÜBER VERGANGENHEIT UND GESCHICHTE (p. 35)

Mariam F. Ayad,
RE-FIGURING THE PAST: THE ARCHITECTURE OF THE FUNERARY CHAPEL OF AMENIRDIS I AT MEDINET HABU, A RE-ASSESSEMENT (p. 53)

Manfred Bietak,
THE EARLY BRONZE AGE III TEMPLE AT TELL IBRAHIM AWAD AND ITS RELEVANCE FOR THE EGYPTIAN OLD KINGDOM (p. 65)

Tarek el Awady,
MODIFIED SCENES AND ERASED FIGURES FROM SAHURE'S CAUSEWAY RELIEFS (p. 79)

Marjorie Fisher,
A NEW KINGDOM OSTRACON FOUND IN THE KING'S VALLEY (p. 93)

Laurel Flentye,
THE MASTABAS OF DUAENRA (G 5110) AND KHEMETNU (G 5210) IN THE WESTERN CEMETERY AT GIZA: FAMILY RELATIONSHIPS AND TOMB DECORATION IN THE LATE FOURTH DYNASTY (p. 101)

Fayza Haikal,
OF CATS AND TWINS IN EGYPTIAN FOLKLORE (p. 131)

Tohfa Handoussa,
THE FALSE DOOR OF HETEPU FROM GIZA (p. 137)

Zahi Hawass,
THE EXCAVATION OF THE HEADLESS PYRAMID, LEPSIUS XXIX (p. 153)

Jennifer Houser Wegner,
A LATE PERIOD WOODEN STELA OF NEHEMSUMUT IN THE UNIVERSITY OF PENNSYLVANIA MUSEUM OF ARCHAEOLOGY AND ANTHROPOLOGY (p. 171)

Angela Murock Hussein,
BEWARE OF THE RED-EYED HORUS: THE SIGNIFICANCE OF CARNELIAN IN EGYPTIAN ROYAL JEWELRY (p. 185)

Ramadan B. Hussein,
'SO SAID NU': AN EARLY bwt SPELL FROM NAGA ED-DÊR (p. 191)

Naguib Kanawati,
CHRONOLOGY OF THE OLD KINGDOM NOBLES OF EL-QUSIYA REVISITED (p. 207)

Barbara S. Lesko,
THE WOMEN OF KARNAK (p. 221)

Leonard H. Lesko,
ANOTHER WAY TO PUBLISH BOOK OF THE DEAD MANUSCRIPTS (p. 229)

Peter Der Manuelian,
A DIG DIVIDED: THE GIZA MASTABA OF THE HETI, G 5480 (GIZA ARCHIVES GLEANINGS IV) (p. 235)

Dimitri Meeks,
DE QUELQUES 'INSECTES' ÉGYPTIENS: ENTRE LEXIQUE ET PALÉOGRAPHIE (p. 273)

Karol Mysliwiec,
FATHER'S AND ELDEST SON'S OVERLAPPING FEET: AN ICONOGRAPHIC MESSAGE (p. 305)

Del Nord,
THE EARLY HISTORY OF THE ÌPT SIGN (GARDINER SIGN LIST O45/046) (p. 337)

Laure Pantalacci,
LE BOVIN ENTRAVÉ: AVATARS D'UNE FIGURE DE L'ART ET L'ÉCRITURE DE L'ÉGYPTE ANCIENNE (p. 349)

M. Carmen Pérez Die,
THE FALSE DOOR AT HERAKLEOPOLIS MAGNA (I) TYPOLOGY AND ICONOGRAPHY (p. 357)

Ali Radwan,
'nx-m-m3't (BRITISH MUSEUM STATUE EA 480 - BANKES STELA 15) (p. 395)

Cynthia May Sheikholeslami,
PALAEOGRAPHIC NOTES FROM TWENTY-FIFTH DYNASTY THEBES (p. 405)

David P. Silverman,
A FRAGMENT OF RELIEF BELONGING TO AN OLD KINGDOM TOMB (p. 423)

Josef Wegner,
EXTERNAL CONNECTIONS OF THE COMMUNITY OF WAHSUT DURING THE LATE MIDDLE KINGDOM (p. 437)

Christiane Ziegler,
NOUVEAUX TÉMOIGNAGES DU 'SECOND STYLE' DE L'ANCIEN EMPIRE (p. 459)

入れ子状の建物を扱ったAyadの論考は、さまざまなことを想起させます。あんまり整理されていない文で、繰り返しが多々見られる不備が残念ですが、言いたいことは良く伝わってきます。
B. J. ケンプが指摘した入れ子状の建物の重要性に関する再確認をおこなっており、D. アーノルドもTemples of the Last Pharaohs (New York and Oxford, 1999)において、後にこの話題に触れました。

これが建築学的にどういう意味なのかは、しかし述べられていません。四角い一室しか持たない簡単な建物の中に、同じような建物が収まっている表現はどのように解釈すべきものなのか? 
当方の知る限り、このような建築表現について明確な意見を書いているのは、もう亡くなってしまった建築家の毛綱モン太(毛綱毅曠)で、ある建物から同じ建物が見えるというのは面白いことなんだ、とどこかで述べていたはずです。
彼の考えを借りると、入れ子状の建築の表現とは、ある建物の中に入ると同一の建物がそこにある、そういう解釈になります。そうであるならば、ひとは建物の中に入ったことになるのか。それとも建物の外に立っていることになるのか。その両方を宙吊りにした状態になるのか。
空間に関する近代の感覚を破壊する思考で、とても面白い。Fischerによる扉の考察と併せて考えるべき問題かと思われます(cf. Fischer 1996)。

レスコ夫妻のうち、旦那の方はコンピュータ時代の悩ましい問題を語っていて、これも興味を惹きます。史料を次代へと引き継ぐ問題で、技術を駆使すれば精緻なデータなどはもちろんこれから先もたくさん得られるんですけれども、いったいこの先、錯綜する厖大な史料データを誰が纏めて面倒を見るのかという問いかけ。
情報の共有というありふれた話題のように思われながら、A Dictionary of Late Egyptian, 5 vols. (Berkeley, 1982-1990)が彼によって編纂されたことは知られていますので、この発言には重みがあります。
彼が問題にしているのは取りあえず「死者の書」に関連する資料ですが、いっこうに埒があかない状況への苛立ちが感じられ、課題の大きさを伝えています。史料の「読み手」の問題がここには隠されていて、解像度を高めたデジタル情報の提供量の増大はこれから見込まれるものの、その解釈の側はどうなっているのかという反問。
問題の本質を掴まえないで、いたずらに情報量だけを増やしている連中への、悪意の表明とみなせなくもない。