2009年10月2日金曜日

Crouch and Johnson 2001


世界の建築史を学ぼうとする大学の新入生を対象にした本で、副題で良くあらわされている通り、非欧米圏の建築に光が当てられています。アメリカの研究者たちが、それまで情報の欠けていた地域を積極的に取り上げ、また既成の建築史観をも乗り越えようとした企画。

Dora P. Crouch and June G. Johnson,
Traditions in Architecture:
Africa, America, Asia, and Oceania
(Oxford University Press, New York, 2001)
xiii, 433 p.

イントロダクションの最初では、「建築とは何か?」と反問しています。

"Like history, the term architecture has both broad and strict meanings. In the widest sense, architecture is everything built or constructed or dug out for human occupation or use. A more restricted definition would emphasize the artistic and aesthetic aspects of construction. A third, and still more limited, definition would say that architecture is what specially trained architects do or make."(p. 1)

最も広い意味においては、建築は人間が用いたり占有するために構築された、また掘られたもののすべてを指すと述べられ、動物の営巣にまで近づけられている点が明瞭。また最も狭義の意味では「経験を積んだ建築家が作るもの」と言われており、ここで何が指し示されているかが意味深い。
続いて、

"In this book, architecture include three categories of built elements: professionally designed and built monuments; the houses and other structures erected by traditional building tradesmen; and structures, either fixed or movable, that ordinary people build for their own use, some of which attain the level of memorable art. We define architecture as "buildings that have been carefully thought through before they were made." We have broadened the concept of architecture to include residential spaces, such as houseboats, and natural objects that people use culturally, such as certain mountains."(pp. 1-2)

と書いており、注目されます。
「造られる前に入念に考慮された建物」という言い回しに注意。美学に関する積極的な言及を払拭。とても上手な言い方で、感心します。
さらに、「ここで包括的な建築理論を差し出そうとするつもりはないが」と断りながらも、その検討が必要だと説き、

"The old Euro-American lens for architectural history, with its emphasis on the relations of form and content, is inadequate to the study of traditional architecture of the rest of the world."(p. 3)

という文が、「新しい建築史に向かって」と題された小節の下には記されています。

冒頭の謝辞にはたくさんの建築史学者の名前が並んでいますが、日本人の名がひとつだけうかがわれ、それが渡辺保忠先生。マルカタの「魚の丘」建築を復原された方で、僕はこの先生のマルカタ王宮調査のお手伝いから古代エジプト建築に触れることになりました。
参考文献の欄には先生の「伊勢と出雲」が掲載されています。

現代美術のジェームズ・タレルの作品に触れられたりと、雑多な印象が生じるのは、何もかも非西欧的な要素を扱おうとしたためで、仕方がなかったかと思われます。アメリカで建築史を教える職業の人の多数に「こういう本が欲しかった」と言われたとありますから、まあ、出版自体は喜ばしいこと。

日本の建築史は海外においてほとんど詳しく紹介されていない、という点は銘記されるべきです。古代エジプト建築との関連を考える上で、しかしそれは悪いことではないのかもしれない。先入観がないので、最初から説明ができるわけですから。
200点以上の図版が掲載されており、それを見るだけでも楽しめます。

アメリカ人が共同で「良く知らなかった建物」という本を、反省しつつ著したのですが、その中には日本の建築はもちろん、アジアの建築、またアフリカの建築なども含まれているということ。そういう複眼的な見方で眺めるならば、また違った面白い点が発見できる書です。

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