2014年5月23日金曜日
Senigalliesi 1961
トリノ・エジプト博物館に収蔵されている古代エジプトのものさしを、厳密に測って報告している論文。古代エジプトのものさしを、たとえば"Egyptian cubit"といったキーワードを使ってインターネットで検索すると時々、参考文献リストの中で出会う論考です。
この論文の執筆者であるSenigalliesiはしかしエジプト学者ではなく、トリノの会社RIVに属する技術者で、要職を務めていたようです。この文章が掲載されている雑誌(rivista)もエジプト学の専門誌ではありません。
トリノで工業製品を生産する製造会社が出していた広報誌であるため、探して実見しようとすると、エジプト学に関連する書籍をたくさん集めているはずの図書館が収蔵していない場合が多く、大変な思いをします。
Dino Senigalliesi,
"Metrological Examination of Some Cubits Preserved in the Egyptian Museum of Turin,"
La Rivista RIV (1961),
pp. 23-54.
雑誌名に見られるRIVという会社名は、創業者の名のRoberto Incertiと、地名のVillar Perosaの略称に由来し、この会社はボールベアリングを製造していました。
RIVの設立にはイタリアの大企業である有名なフィアット(FIAT)を創り上げたジョヴァンニ・アニェッリ(もしくはジョバンニ・アニエッリ、Giovannni Agnelli)が大きく関わっています。Villar Perosaはアニェッリ(アニエッリ)が生まれた地でもあり、アニェッリ一族が本拠としていた重要な場所でした。トリノから南西方向に、35キロほど離れた山あいにある街。
会社の設立の経緯について短い説明をしているベアリングメーカーのSKFのイタリア語サイトでは、RIVやアニェッリ、FIATとの関わりがうまく説明されています。
http://www.skf.com/it/our-company/skf-italia/cenni-storici-sulla-skf-in-italia/index.html
"FIAT"という会社名はFabblica Italiana di Automobili Torino、つまり「イタリア・トリノの自動車工場」といったほどの意味の略になりますが、同時にラテン語の"fiat"との連関が考えられており、機知に富んだ命名法をそこにうかがうことができます。
聖書を読んだことのある人ならば、旧約聖書の最初の「創世記」、そのまた冒頭の天地創造のくだりで
光あれ
という語が出てくることを御存知のはず。ラテン語では、これが"Fiat lux"(フィアット・ルクス)となります。光がラテン語では「ルクス」で、これは照度の単位になっているから建築業界の人にとっては非常に覚えやすい。
しかしこのラテン語は奇妙で、明らかに命令法なのですけれども、本来、命令文というのは一人称から二人称に向かって放たれる言葉です。
人間が二人いた時に、話し手が一人称で、聞き手が二人称。三人称は、このふたりの間で交わされる会話の中で取り上げられる者の謂であり、この三人称に対する命令法というのは基本的に存在しません。
自分に向かっての命令文(一人称に対する命令法)もあるように思えますが、これは例えば、だらしなく感じる自分に向かって「もっとしっかりしろ!」と激励する場合、架空の自分を自分自身とは別に仕立てて、その二人称に向かって呼びかけているわけで、基本的な構図の中に収まる用法です。
でも「光あれ」という言葉は、未だ存在していない光というものに対して「存在せよ」と三人称で表現しています。話者、と言うか、この場合は神なのですが、その目の前に無いというだけでなく、これまでこの世になかった非存在に対して命令する矛盾があってこうした表現になるのでしょうけれど、世界を歪ませる呪文と似ていなくもありません。
こういう不思議なニュアンスを含んだ言葉を社名として選ぶところに、アニェッリの才覚が感じられます。
自動車メーカーが自社名をラテン語と絡ませる傾向についてはどこかで読んだ記憶があるのですが、思い出すことができません。ドイツの自動車メーカーAudi「アウディ」は、創業者の名のHorchの意味をドイツ語からラテン語に直した結果であり、意味は「聞け」となります。「オーディオ」、「オーディション」、また「オーディトリアム」といった言葉と語源が同じ。「オーディトリアム」auditoriumの複数形ではauditoriumsの他に、格式ある綴り方としてauditoriaが存在するのも、このラテン語名詞が-umで終わる中性名詞であり、その場合には複数形が-aとなるためです。
スウェーデンのVolvo「ボルボ」もやはりボールベアリングとの強い関わりがあって、社名の意味はラテン語で「私は回る」。VolvoとRIVとは、前述のベアリングメーカーのSKFを介し、少なからぬ関係が実際にあった点も面白いところです。
屋上に試験走行のためのコースを備えたFIATのトリノ・リンゴット工場の外観の写真はル・コルビュジェの「建築をめざして」の終わり近くに、あからさまな修正の痕を残したまま掲載されており、これも建築業界では良く知られた話。コルビュジェによる写真の修正の例は、挙げていったらきりがないと思います。
今、取り上げられることの多いSTAP細胞に関する論文での写真の扱いと比べるならば、建築における写真の扱いの特色がはっきりするかもしれません。
建築評論家のフランプトンは、コルビュジェが提示する写真で見受けられるシュルレアリスム的要素について、確か論文を書いていました。もう一度、読み直すと得るところがあるかとも思います。
古代エジプトのものさしについては、大キュービット(=52.5cm)と小キュービット(=45cm)の2種類があると語られることが多いようですが、これをそのまま信じると、長さが異なるふたつのものさしがエジプトの遺跡からたくさん出土しているのだろうという話になりがちです。
けれども小キュービットのものさしというのは基本的に発見されていないわけで、差し当たり幻想なのではないかと疑いの目を向けた方が良いかと思われます。
Dieter Arnoldは古代エジプトの建築に関する権威者ですが、彼はおそらくどの著作においても小キュービットについてまったく発言していません。だいたい古代エジプト建築に関わる者は、小キュービットについて何も語らないことが多いわけです。
だからBarry Kempがアマルナ型住居に関して小キュービットによる計画方法の分析を試みた(Amarna Reports VI, London, EES, 1995, p. 22)のは、「キュービットについてはもう一度考えた方が良くないかい?」という問いかけを暗に意味しており、この意見には賛成です。
Greaves 1646, Newton 1737, Jomard 1809, Lepsius 1865といった一連の論考を辿るならば、明瞭な小キュービットのものさしの例が出土していないにも関わらず、「小キュービットというものを考えざるを得ない」という幻想をエジプト学が紡ぎ出していく過程が見えてくるかと思われます。
Senigalliesiの論文は、第18王朝末期の建築家カー(Kha)の墓TT8から見つかった折り畳み式ものさしを何枚もの写真で紹介しており、貴重です。論文の中には数式が記されており、どれだけ誤差があるのかを調べています。
ただ各目盛りの実測値が報告されていないので、その点が批判を浴びることになります。
今で言う「折尺」が今から3400年ほど前に存在していたという点が驚きで、しかもこの折尺を収納するための細長い革袋も一緒に発見されました。携帯用だったのでしょう。
実寸大のレプリカが限定番号付きでトリノ・エジプト博物館のミュージアム・ショップから販売されています。もちろん本革の袋付きとなっており、古代エジプトのキュービット研究者は必携。
"MuseumShop", Museo Egizio di Torino:
http://www.museoegizio.it/pages/shop.jsp
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