2012年9月4日火曜日
Russo 2012
古代エジプトの第18王朝に活躍した建築家カーは、いったい何者であったのかを詳細に調べ上げた論考です。
職長であり、建築家であったカー(Kha)は、アメンヘテプ2世からアメンヘテプ3世の時代を生きたディール・アル=マディーナ(デル・エル=メディーナ)の住人で、イタリアの偉大な考古学者エルネスト・スキアパレッリ(Ernesto Schiaparelli)によってカーとその妻メリトの未盗掘の墓が20世紀の初頭に発見されました。多数の副葬品はトリノ・エジプト博物館に収蔵されています。この博物館における主要展示品のひとつ。
ディール・アル=マディーナは第18王朝から第20王朝にかけて栄えた職人たちの集合住居で、彼らの仕事は王家の谷や女王の谷に岩窟墓を造営することでした。
オランダ・レイデン(ライデン)にある学術機関が非常に緻密な研究を進めていますが、第18王朝における公開資料は少なく、今後の進展が望まれるところ(cf. Tosi 1999)。
Barbara Russo,
Kha (TT8) and his Colleagues:
The Gifts in his Funerary Equipment and related Artefacts from Western Thebes.
GHP Egyptology 18
(Golden House Publications (GHP): London, 2012)
v, 98 p., 8 color pls.
Table of contents:
Introduction (p.1)
Chapter 1. The discovery (p.3)
Chapter 2: Analysis of the artefact (p.9)
The "gifts": nature and documentation
The gift cubit rod of Amenhotep II
The senet-board and a walking stick of Neferhebef et Banermer(u)t
The walking stick of Neferhebef
The statue group A 57, Musée du Louvre, Paris
The funerary scene of TT 8
The "gold of favour"
The scribal pallete of Amonmes
Excursus: the title imy-r k3(w)t nbt nt nswt
The bronze cup with cartouche of Amenhotep III
The vase of Userhat
The walking staff of Khaemuaset
Chapter 3: The artefacts found outside the tomb (p.49)
Ostracon 5598, Hermitage Museum, St. Petersburg
Ostracon SR 12204, Egyptian Museum, Cairo
Graffiti nos. 1670 and 1850 from the Theban mountains
Stela BM EA 1515, British Museum, London
Jar-labels from Malqata
Chapter 4: Suppositions concerning the Great Place (p.64)
The identity of Kha: datable elements
Kha's family
Kha's career
Titles composed with st '3t
ḥry (n) st-'3t
imy-r k3(w)t n st-'3t
sdm-'š n st-'3t
sš nsw n st-'3t and sš n st-'3t
Conclusions (p.77)
Abbreviations (p.79)
Bibliography (p. 79)
Index (p.95)
目次の第2章のところでは僅かな編集上の誤記があるようで、上記の目次は本文に見られる項目名を尊重するように努め、転記をおこないました。
キュービット・ロッドに記されたヒエログリフを紹介している10ページでは、訂正の紙片が貼り付けてあって、これも校正が行き届かなかったことを示しています。でも、大した問題ではありません。
序文には「2006年に開催された会議 "Ernesto Schiaparelli e la tomba di Kha" で発表した内容をもとに展開した」と書かれており、以降も継続して入念な研究が進められた様子。巻末の参考文献では400タイトル近くの充実した文献がリストアップされており、その粘り強い努力のあとが示唆されます。
カーの墓から見つかった品々のうち、情報量が多くうかがわれるもの、特に王名が記された副葬物を中心に分析を始めており、次いで海外の博物館に収蔵されているカーに関連した遺物を検討。さらにはオストラカや、テーベの谷で見つかっているグラフィティ(Graffiti de la montagne thébaine 1969-1983)といった文字史料の中からカーに関する記述を探し出して考察を加えています。アメンヘテプ3世のマルカタ王宮から出土したジャー・ラベルにも言及しているのが注目されるところ。
最後近くでは、
"Judging by the value of some of Kha's objects it can be argued that he was of middle-high rank status."
(p.69)
と論じており、カーの社会的な地位が諸資料の吟味をもとに推測されています。
エジプト学のオーソドックスな方法を踏襲しながら、カーの肩書き(タイトル)の検討などを経て追究の成果が披瀝されており、好著となっています。
関連文献としては、Schiaparelli 1927やMoiso 2008などでしょうか。
比較的最近に刊行が始まったGHPから出版されているエジプト学のモノグラフのシリーズをさらに面白くしている最新刊で、この領域に興味を持たれている方にはお薦めの本です。
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