2010年11月30日火曜日

Guidotti (ed.) 2002


「フィレンツェ・エジプト博物館」という名を初めて聞く方も少なくないかもしれない。イタリアに「エジプト博物館」がトリノ以外にあるというのは、まだあんまり広く知られていないように思われます。近年、フィレンツェ考古学博物館が改組され、知る人しか知っていなかった古代エジプトの貴重な所蔵品が、積極的に公開されるようになりました。
建築の世界では、フィリッポ・ブルネレスキによる「捨て子養育院」(Galleria dello Spedale degli Innocenti)がルネサンス時代の初期の名作として広く知られており、どの西洋建築史の教科書にも必ず載っていますけれども、この建物を正面にして、左手の端のアーチをくぐり抜ける道をちょっと奥へ行くと、左手にある博物館。
ここを訪れる人はこれまでマニアしかいなかったわけで、フィレンツェへの観光ツアーに参加する人も、この国立博物館へはほとんど案内されていないはず。けれどもこの場所には、古代の家具研究家や古代エジプトの馬車を知りたいと思う人が足繁く通う理由があるわけです。
馬に引かせる戦闘用の馬車は木と皮革から作られていますけれども、車輪を含む仕口や継手の詳細図が掲載されており、貴重です。

Maria Cristina Guidotti (ed.),
Il carro e le armi del Museo Egizio di Firenze.
MAAT, Materiali del Museo Egizio di Firenze, 2
(Ministero per i Beni e le Attività Culturali Soprintendenza per i Beni Archeologici della Toscana / Giunti Gruppo Editoriale, Firenze, 2002)
63 p.

Sommario:

Maria Cristina Guidotti, Presentazione (p. 5)
Pier Roberto Del Francia, La raccolta di armi del Museo Egizio (p. 6)
Alberto Rovetta, Cocchi reali e cocchi virtuali (p. 10)
Pier Roberto Del Francia, Il carro di Firenze (p. 16)
Giacomo Cavillier, L'arte militare e le armi nell'antico Egitto (p. 38)
Giacomo Cavillier, CATALOGO DELLE ARMI (p. 43)

APPARATI (p. 60)
Tavola cronologica
Glossario
Bibliografia

当方の知る限り、このMAATのシリーズはすでに4冊が既刊。古代エジプト語で「真実」という意味の言葉がシリーズ名として選択されています。
シリーズの一冊目は"Le mummie"で、一般向けの本ではありますが、フィレンツェ・エジプト博物館(フィレンツェ考古学博物館)で収蔵されている木棺に関する大判のカラー写真が多数掲載されており、貴重です。

Maria Cristina Guidotti (ed.),
Le mummie del Museo Egizio di Firenze.
MAAT, Materiali del Museo Egizio di Firenze, 1
(Ministero per i Beni e le Attività Culturali Soprintendenza per i Beni Archeologici della Toscana / Giunti Gruppo Editoriale, Firenze, 2001)
64 p.

他の巻については、書籍検索ページにて館長のグイドッティの名前で検索するならば、すぐに出てくるかと思います。彼女は土器の専門家で、経歴についてはイタリアの古代考古学のHPであるArchaeogateなどで調べれば、すぐに出てきます。

http://www.archaeogate.org/

かつてのフィレンツェ考古学博物館の収蔵物と言うことなら、所有されている石碑(ステラ)を公開する意図で刊行された、

Sergio Bosticco,
Le stele egizione, parte I: Museo Archeologico di Firenze, le stele egiziane dall'antico al Nuovo Regno
(Roma, 1959)
75 p.

Ditto,
Le stele egizione, parte II: Museo Archeologico di Firenze, le stele egiziane del Nuovo Regno
(Roma, 1965)
83 p., 65 illustrazioni.

Ditto,
Le stele egizione, parte III: Museo Archeologico di Firenze, le stele egiziane di epoca Tarda
(Roma, 1972)
81 p., 62 illustrazioni.

などがこれまで知られていましたが、博物館のガイドブックとは分けて、もう少し遺物の種類別で、一般向けに出されたシリーズとして企画された刊行物。
13ページには車輪の力学的な説明などもあって興味深い。馬車については論考の類例が少ない中、丁寧に紹介しています。
薄い本ですけれども、図面も多数掲載されており、木工の仕口、あるいは革の細帯による締め付け方法や背もたれのマットに関しても重要な情報を伝える本で、見逃せません。

Vassilika 2010


トリノのエジプト博物館へ2年ぶりに行ってみたら、建築家カーとその奥さんのメリトの墓(TT 8)から出土した遺品の展示室が、何倍も大きい別の広間へと移動していました。この夫妻、新王国時代の第18王朝末を生きた上流階級の者たちです。たくさんの家具類が見つかったことで、古代家具史の世界では有名な存在。ディール・アル=マディーナ(デル・エル=メディーナ)に残る墓では、地上に立てられたピラミディオンを見ることができ、塞がれた戸口上部を金網越しに覗き込むと、ピラミディオン内に造られた小さな部屋のヴォールト天井の彩色も見られるはず。
新しい展示室のパノラマ写真は、トリノ・エジプト博物館のHP、

http://www.museoegizio.it/pages/hp_en.jsp

にて見ることができます。
Flickr-Photo Sharingなどで"Tomb of Kha"等を検索するならばいろいろ出てくるとは思いますが、説明がきわめて不正確であるため、具体的に引用しません。

カーとメリトに関する遺物展示の模様替えについてはすでに、2008年におこなわれた第10回国際エジプト学者大会(ICE)の発表で予告されていましたけれども、これほど大がかりなものとは予想していませんでした。トリノ・エジプト博物館がカーとメリトの遺物を、非常に重要なものとして位置づけていることが分かります。館長が交代し、新しい展示方法が積極的に模索されています。
木製の扉の裏面が、しかしここでもやはり、きわめて見にくい点は建築関係者として残念。
なお、第10回のICEにおける予稿集は自由に見ることができます。

http://www.rhodes.aegean.gr/tms/XICE%20Abstract%20book.pdf

これに合わせて、一般向けに書かれたカーの本も刊行。英語版の他に、イタリア語版、フランス語版も同時に出ています。綺麗なカラー写真が豊富に収録されており、代表的な遺物を紹介。
ミュージアム・ショップでは、カーの折り畳みキュービット尺(ものさし)の木製レプリカが販売されていました。オリジナル通り、革袋つきで販売されている点は、少数の専門家に感涙を流させます。

Eleni Vassilika,
The Tomb of Kha: The Architect
(Fondazione Museo delle Antichità Egizie, Torino / Scala group, Firenze, 2010)
111 p.

Contents:

Introduction (p. 7)
CATALOGUE (p. 29)
Stele of Kha (p. 31)
Outer Coffin of Merit (p. 33)
Inner Coffin of Merit (p. 35)
Funerary Mask of Merit (p. 41)
Merit's Beauty Case (p. 45)
Merit's Wig and Wig Box (p. 51)
Merit's Bed (p. 54)
Kha's High-backed Chair (p. 58)
The Coffins of Kha (p. 64)
The Book of the Dead (p. 70)
Kha's Personal Effects (p. 78)
Decorated Coffer (p. 89)
Imitation Cane Table (p. 94)
Senet Board Game (p. 96)
Stools (p. 100)
Folding Camp Stool (p. 103)
Bronze Jug and Basin and other Metalware (p. 106)
Two-Handled Wedjat-eye Vessel (p. 109)

Essential bibliography (p. 111)

分かりやすさが徹底的に考えられており、ともすれば僅かな同類のみを読者として想定しつつ文を書きがちな研究者たちの傾向に、反省を促す内容を含んでいます。切妻型の蓋を有する衣装箱に関して、

"Unlike the other flat-topped coffers, these pedimental shaped chests could not be stacked easily, taking up more space, and consequently were regarded of higher status value." (p. 92)

と指摘してみせたり、あるいは彩色土器の説明で、

"There were distinctive shapes for pottery and their stone counterparts in every period, and this was probably related to the contents. Thus, today we distinguish a coffee pot from a teapot, by means of shape, so that form follows function." (p. 109)

という文で始めたりしているのは、そのあらわれ。
スキアパレッリによる発掘報告書の英訳(Schiaparelli 1927 (reprint and translated, 2007-2008))が近年出ていますから、画像がカラーで鮮明なこの本を脇に置き、併読すると面白そうです。