2010年9月13日月曜日

Shaw 1973


エジプト学においてShawというと、イギリスの研究者であるイアン・ショーのことを誰しもが連想するかと思いますが、クノッソスやマリア、ファイストス、あるいはザクロスといった宮殿に代表される、クレタ島を中心として展開されたミノア文明に関わる研究者たちにとっては、まずジョセフ・ショーとマリア・ショーの夫妻の名が思い浮かぶかと思われます。
本書はミノア建築の建造方法に関して記している珍しい著作。海外の古書リストで見かけることも少なくなり、入手は非常に難しくなってきている状態。
グレーの目立たない表紙を持つソフトカバーの本。類書がほとんどありません。

Joseph W. Shaw,
Minoan Architecture: Materials and Technology.
Annuario della Scuola Archeologica di Atene e delle Missioni Italiane in Oriente, Vol. XLIX, nuova serie XXXIII
(Istituto Poligraphico dello Stato, Roma, 1973)
256 p.

ショー夫妻はクレタ島におけるコモスの発掘で有名。島の南側で発見された港湾都市で、5巻からなる報告書がすでに刊行されています。
記念建造物を扱う5巻目に至っては1200ページを超えており、真っ赤な装丁を施されたこの報告書の中でも特に際立っています。彩色壁画片が出土していて、その意味でも注目される巻。
前述の本の出版は1973年で、コモスの発掘によって得られた、新たな知見を反映している改訂版が出ることが望まれるところです。

Joseph W. Shaw and Maria C. Shaw eds.,
Kommos I: The Kommos Region and Houses of the Minoan Town.
Part 1, The Kommos Region, Economy, and Minoan Industries
(Princeton University Press, Princeton, 1995)
xxxvii, 809 p.

Joseph W. Shaw and Maria C. Shaw eds.,
Kommos I: The Kommos Region and Houses of the Minoan Town.
Part 2, The Minoan Hilltop and Hillside Houses
(Princeton University Press, Princeton, 1996)
xxvii, 713 p., 10 fold-out plans.

Philip P. Betancourt, Joseph W. Shaw and Maria C. Shaw eds.,
Kommos II: The Final Neolithic through Middle Minoan III Pottery
(Princeton University Press, Princeton, 1990)
xv, 262 p., 70 figures, 104 plates.

Livingston Vance Watrous, Joseph W. Shaw and Maria C. Shaw eds.,
Kommos III: The Late Bronze Age Pottery
(Princeton University Press, Princeton, 1992)
xviii, 238 p., 76 figures, 58 plates.

Joseph W. Shaw and Maria C. Shaw eds.,
Kommos IV: The Greek Sanctuary.
Part 1, Text
(Princeton University Press, Princeton, 2000)
xvi, 813 p.

Joseph W. Shaw and Maria C. Shaw eds.,
Kommos IV: The Greek Sanctuary.
Part 2, Plates
(Princeton University Press, Princeton, 2000)
xix, 199+15+43+76+65+13+1+18 plates, 6 fold-out plans.

Joseph W. Shaw and Maria C. Shaw eds.,
Kommos V: The Monumental Minoan Buildings at Kommos
(Princeton University Press, Princeton, 2006)
xli, 1222 p., 5 fold-out plans.

第5巻目が出版された同じ年には、この都市の概要を分かりやすく紹介した本がアテネから出されているようですが、未見。

Joseph W. Shaw,
Kommos: A Minoan Harbour Town and Greek Sanctuary in Southern Crete
(American School of Classical Studies at Athens, Athens, 2006)
171 p., 77 illustrations.

古代エーゲの建物については、

Thomas Nörling,
Altägäische Architekturbilder.
Archaeologica Heidelbergergensia, Band 2
(Philipp von Zabern, Mainz am Rhein, 1995)
xvii, 95 p., 18+VII Tafeln,

が出ています。
時代が降ったミケーネ文明における建物については、

Michael Küpper,
Mykenische Architektur:
Material, Bearbeitungstechnik, Konstruktion und Erscheinungsbild
, 2 Bände (Text und Beilagen).
Internationale Archäologie, Band 25
(Marie Leidorf, Espelkamp, 1996)
xi, 330 p. +28 Beilagen.

の2巻本が刊行されています。

--- 追記 ---:
Shaw 1973の改訂増補版はすでに2009年に出ていました。
書評は

http://bmcr.brynmawr.edu/2010/2010-08-48.html

で見ることができます。
(2010年12月31日)

2010年9月12日日曜日

Corinth XX (Williams II and Bookidis eds.) 2003


コリントス(コリント)は古くから栄えていたポリスのひとつで、古代ローマ時代の建物が多く残っているものの、その下を掘れば古代ギリシアの遺構に突き当たります。古代ギリシアにおいて最重要と考えられる都市遺跡のうちのひとつ。
アメリカ隊は19世紀の終わりからこの地を調査し始め、何冊もの報告書を刊行してきました。この事業はまだ続けられており、その最新号に当たるのが第20巻。調査が100年を迎えたことを記念する厚い一冊。
報告書全巻のリストは、

http://www.ascsa.edu.gr/index.php/publications/browse-by-series/corinth

にて閲覧できます。本書のp. iiにも提示。
日本のどこにこれらの本が所蔵されているかは、かつては見つけるのが非常に難しかったように思うのですが、電子化されてJSTORのCollection VIIに組み入れられ、事情が劇的に変わりました。サイバー大学の学生は自由にアクセスすることができるはずです。
建物に触れている第1巻は6分冊となっており、全部を一挙に読むのは大変ですけど、初期のギリシア神殿について言及されていますし、一度は見ておきたい報告書。
石材に溝を掘って綱を回したらしい珍しい痕跡は、こことイスミアで報告がなされています。

Charles Kaufman Williams and Nancy Bookidis eds.,
Corinth: Results of Excavations Conducted by the American School of Classical Studies at Athens, Volume XX.
Corinth, the Centenary 1896-1996
(The American School of Classical Studies at Athens, Princeton, N.J., 2003)
xxviii, 475 p.

これまでの40冊近くに及ぶ報告書のレジュメが掲載されているような内容。20ページ以上を割き、複数のインデックスも巻末に付されていますが、全巻を網羅するものではありません。
Bietak (Hrsg.) 2001の中で、「コリントスの石切場に関しては原稿が準備されている」という記述が書かれていますけれども、この本の第2章のことを指しており、

Chris L. Hayward,
"Geology of Corinth: The Study of a Basic Resource",
pp. 15-40.

において石切場が詳述されています。

調査の100周年を迎えての記念刊行物ということであれば、クノッソス宮殿について纏められたPanagiotaki 1999がそうだったし、これからもこの種の刊行が増えていくのでは。
報告書が営々と出版されていく例で、エジプト学の中でこれに匹敵するものを探すならば、エレファンティネにおける調査報告ぐらいしか思い当たらず、

Christian Ubertini,
Elephantine XXXIV:
Restitution architecturale à partir des blocs et fragments épars d'époque ptolémaique et romaine.
Archäologische Veröffentlichungen des Deutschen Archäologischen Instituts, Abteilung Kairo, Band 120
(Philipp von Zabern, Mainz am Rhein, 2005)
87 p., 38 plates.

が近年、出ています。

2010年9月11日土曜日

Peschlow-Bindokat 1990


太宰治の名作「走れメロス」では親友の石工セリヌンティウスという者が登場し、最後にはメロスと音を立ててお互いに殴り合います。互いをどこまで深く信じていたのかについて決着をつける行為。
セリヌンティウスと呼ばれるこの男、

「今は此のシラクスの市で、石工をしている」

と小説の冒頭には説明があって、太宰の短編小説の舞台がイタリアのシチリア島(シシリー島)であることを改めて知るわけですが、その石工の名前(Selinuntius)は「セリヌント(セリヌンテ)の人」という意味。「シラクス」、「シラクーザ」あるいは「シラクサ」は、シチリア島における中心都市の名です。「セリヌント」はこの島の地方の名。

イタリア領の島のひとつであるシチリアには昔、古代ギリシア人たちの植民都市が築かれたので、古い形式の神殿が今でもいくつか残っています。石造建築に深い興味を抱く人ならば、シチリアに残るセジェステ(セジェスタ)の神殿が多くの専門書で繰り返し取り扱われていることを御存知のはず。古代ギリシア建築の構法を扱う代表的な教科書として挙げられるHellmann 2002では、カラー図版でそれが大写しで掲げられています。
シチリアの神殿は全般的に、残存状態はあまり良くなくて、観光目的で見に行くとがっかりする方もいらっしゃるかと思うのですが、なぜ古代建築の専門家たちが、セジェステに佇む壊れた神殿に注目するかと言えば、未完成であるために建物の造り方が詳しく分かるという利点があるからで、本来は完成時に削り落とすべき突起が、石材のあちこちに見受けられたりします。
特に基壇部分の突起は、非常に頻繁に引用されており、古代エジプトにおけるギザのメンカウラー王ピラミッド基部の花崗岩に残る突起などとともに、世界で有数の突起のうちのひとつ。

この島には神殿を建てるために切り開かれた多数の石切場も同じように残っていて、その中でも大きな円柱を切り出そうとしてそのまま残された光景は特筆され、とても有名。
本書はシチリアのセリヌントにある石切場の報告書。クーサ(Cusa)の石切場を主として扱っています。
前回で挙げたMalacrino 2010にも、クーサの石切場に残る切りかけの円柱群はもちろん34ページの図で紹介されており、それでこの本を思い出した次第。

Anneliese Peschlow-Bindokat,
mit einem Beitrag von Ulrich Friedrich Hein,
Die Steinbrüche von Selinunt:
Die Cave di Cusa und die Cave di Barone
.
Deutsches Archäologisches Institut (DAI)
(Philipp von Zabern, Mainz am Rhein, 1990)
66 p., 30 Tafeln, 4 Beilagen.

Inhalt:

Presentazione (Vincenzo Tusa) (p. 7)
Vorwort (p. 8)

Die Steinbrüche von Selinunt (p. 9)
Steinbrüche und Bautätigkeit von Selinunt (p. 9)
Die Cave di Cusa (p. 14)
Die Cave di Cusa und der Tempel G (p. 33)
Die Cave di Cusa und die Marmorbrüche von Milet (p. 38)
Die Cave di Barone (p. 40)

Geologische und petrographische Merkmalsmuster antiker Baustoffe Selinunts und seiner Steinbrüche (Ulrich Friedrich Hein) (p. 45)
Einleitung (p. 45)
Der geologische Rahmen (p. 46)
Die antiken Steinbrüche (p. 49)
Zur Petrographie der antiken Baumaterialien (p. 56)
Zur Geochemie der antiken Baumaterialien (p. 62)
Bemerkungen zum lithologischen Inventar der Bauwerke (p. 63)
Anhang: Probenverzeichnis (p. 64)

Abbildungsnachweis (p. 66)

前半は技法に関する考察で占められ、後半では岩石学的な記述がおこなわれています。
上記の通り、目次ではドイツ語とイタリア語とが入り混じっており、こういうところは定冠詞というものが存在しない日本語をもっぱら用いている人間にとって、かなり衝撃的です。

建築学で建造過程を眺めようとする領域は、それはすなわち「段取りをどう見るか」の世界ですから、切り出した円柱のドラムをどのように効率的に岩盤から切り出すのか、どっちの方向へ運び出そうとしているのかを把握するのが焦点となります。円柱を切り出すために、1メートル弱の幅の狭い溝を円柱の周囲に沿って掘り下げていますけれども、掘削量を可能な限り削減しようとしたらしいことが、ここでもうかがわれます。
複数の石切場と、現地に残る数々の神殿との対応関係を探っているのは注目されます。考古学・建築学と、科学分析の成果とがうまく組み合わされた例。報告書においてある程度、最終の着地点が見える場合にはこうした共同作業ができて、幸せな邂逅が達成されます。
でも、いつもこうしたことができるとは限らない。

円柱を切り出そうとした痕跡が集中している石切場というのは世界的にも案外に少なくて、クーサの石切場などが注視される所以です。古代エジプトにおける一本柱の整形の仕方と、古代ギリシア・ローマでの一本柱の整形の方法がどのように異なるのかといった細かな検討も、まだおこなわれていないはず。
それは一見、専門技術に関わる話で、全体として些細な問題であるように思われながらも、時代の要請に応じ、何を優先して何を切り捨てたのかという文化の違いを示す話とも繋がっていきます。

かつて、古代エジプトを中心とした石切場の文献を集めたことがありました。類似したページは今でもあまりないようですので、御参考までに。

2010年9月8日水曜日

Malacrino 2010 (English ed.)


ほとんど全ページにカラー図版が用いられており、大変見やすく、限られた分量の中で古代ギリシアと古代ローマにおける建造技術をうまく纏めています。石造建築に限らず、土を用いた構法についても触れている点は重要。土木に関連した遺構についても、いくらかページを割いています。
西洋の古典古代建築に興味を持っている方が最初に購入する入門書としては、お勧めの一冊かもしれない。5000円ほどでしたから、決して高くはありません。内容は充実しています。

Carmelo G. Malacrino,
translation in English by Jay Hyams,
Constructing the Ancient World:
Architectural Techniques of the Greeks and Romans

(First published in Italy in 2009 by Arsenale-Editrice, Verona, "Ingegneria dei Greci e dei Romani".
English ed., The J. Paul Getty Museum, Los Angeles, 2010)
216 p.

Contents:

Introduction (p. 4)
Natural Building Materials: Stone and Marble (p. 7)
Clay and Terracotta (p. 41)
Lime, Mortar, and Plaster (p. 61)
Construction Techniques in the Greek World (p. 77)
Construction Techniques in the Roman World (p. 111)
Engineering and Techniques at the Work Site (p. 139)
Ancient Hydraulics: Between Technology and Engineering (p. 155)
Heating Systems and Baths (p. 175)
Roads, Bridges, and Tunnels (p. 187)

Glossary (p. 208)
Bibliography (p. 210)
Index (p. 213)

ただ専門家が重宝するかというと問題があって、この本に掲載されている図版では原典の引用がことごとく省かれています。イタリア語で書かれたという原著にはそれらが記載されているのかどうか、未見ですので詳細が分からないのですが、先行研究の図版をもとにして新たに描き直したらしきものが多々うかがわれ、OrlandosKorresAdamなどの著書をもとにしているなということが、一見して明瞭な描画が含まれます。
当方も経験があるけれど、図を描き直したら著作権に気を遣う必要はない、というのは大きな間違いで、原典はやはり明記すべきと思われます。こうした点の配慮は欲しかったところ。高名なゲッティから出ている本ですので、信用する人は多いはず。

紙幅がないことを勘案するならば、参考文献のリストはよく纏まっているように思われます。
ただKorresの名前が見当たらないようですが、同じゲッティから出ている本だし、まあいいや、ということなのかもしれません。Coultonについては著書が取り上げられず、論文がたった1本だけしか載っていなくて可哀想。Hellmann 2002, 2006は記載。Rockwell 1993も載っています。
リストにはWilson Jones 2000が体裁上、加えられているけれども、今回取り上げたこの本には古代の設計方法については一切述べておらず、それ故にCoultonの代表作も落ちているのかも。構法、つまり建物の造り方に限定して書かれているとみなすべきです。

ならば、建造前の、いろいろと問題が沸き上がって矛盾が錯綜し、それをどう整理するのかという、建築で一番面白くてわくわくする設計・計画に関するところが抜け落ちているのではないのか、という反問も当然ながら予想されるように感じるのですが。
こういうことを熱望するのはしかし、少数意見となり、残念な点です。