カトルメール・ド・カンシーに関する博士論文を刊行した書。カトルメール・ド・カンシー
Quatremère de Quincy はエコール・デ・ボザール(École des Beaux-Arts 国立高等美術学校)において有力者であった人ですが、古代エジプト建築に関し、早い時代に評論を書いたことでも名を残しています。ナポレオンの「エジプト誌」が刊行される前の18世紀末の話。
Lavinの博士論文の主査を務めたのはコロンビア大学のロビン・ミドルトン
Robin Middleton で、高名な建築史の研究者。謝辞の中には建築評論家ケネス・フランプトン
Kenneth Frampton の名もうかがわれます。
Lavinの面白そうな近著も出ていますが、いずれまたの機会に。
Sylvia Lavin,
Quatremère de Quincy and the Invention of a Modern Language of Architecture
(MIT Press, Cambridge, Massachusetts and London 1992)
xvi, 334 p.
Contents:
Acknowledgments (viii)
Preface (x)
Introduction: Quatremère de Quincy and the Genesis of the Prix Caylus (p. 2)
I. Origins (p. 18)
II. Architectural Etymology (p. 62)
III. The Language of Imitation (p. 102)
IV. The Republic of the Arts (p. 148)
Conclusion: The Sociality of Modern Language of Architecture (p. 176)
Appendixes A-E (p. 186)
Notes (p. 200)
Bibliography (p. 292)
Index (p. 328)
古代エジプトの神殿の空間構成について、「奥へ行くに従って部屋が小さくなる。床面も徐々に上げられ、天井は少しずつ下げられる。同時に室内へ導かれる光も限定されていく」と説明するやり方は今でも良く見られ、もう通俗化していると言ってもいいと思われますが、これは19世紀末期にショワジーがすでに述べていること(
Choisy 1899)。ここ100年以上、言い方が変わっていないわけです。
"Dans la plupart des temples, à mesure qu'on approche du sanctuaire, le sol s'élève et les plafonds s'abaissent, l'obscurité croît et le symbole sacré n'apparaît qu'environné d'une lueur crépusculaire."
(
Choisy 1899: I, 60)
でも最初の頃は、かなり違った捉え方がなされていたらしく思われます。
カトルメール・ド・カンシーは1785年、古代エジプト建築に関する論文の公募に応じましたが、後にこの論文の改訂と増補をおこない、ページ数を倍増させて1803年に出版。両者の間ではかなりの内容の変更がうかがわれ、
Lavinのこの本は彼の思想の劇的な変転とその後の展開に焦点を当てています。当初書かれたカトルメールの論文を読み解いて、古代エジプトの神殿に関し、
Lavinは
"Egyptian temples, according to Quatremère, were an assemblage of porticoes, courts, vestibules, galleries, and rooms, one linked to the next and the whole enclosed by a wall. This multiplicity of parts, while apparently an exception to the rule of uniformity, was in fact its product. He contends that this internal subdivision was created intentionally to counterbalance the lack of variety offered by the model of the original cave dwelling but that its effect was reduced by the absolute and repetitive regularity with which the separate units were distributed."
(
Lavin 1992: 25-6)
と記しており、興味が惹かれます。ショワジーによる論述との差異は明らか。カトルメールの論文は、フリーメーソンに大きな影響を与えたことが建築史家カールによって指摘されています(
Curl 1991)。
建築装置として、さまざまに異なったものが長軸上に並べられていたとするカトルメールの見方を、たとえば
A - B - C - D - ...
と表記することができるとするならば、ショワジーの観点は
A - A' - A'' - A''' - ...
とあらわすことができ、この違いがきわめて面白い。
出版されたカトルメールの論考は、ダウンロードして読むことが可能。
Antoine-Chrysostome Quatremère de Quincy,
De l'architecture égyptienne: considérée dans son origine, ses principes et son gôut, et comparée sous les mêmes rapports à l'architecture grecque.
Dissertation qui a rempotré, en 1785, le prix proposé par l'Académie des Inscriptions et Belles-Lettres
(Paris, 1803)
xii, 268 p., 18 planches.
http://digi.ub.uni-heidelberg.de/diglit/quatremeredequincy1803
初稿に関しては、
LavinがAppendix Bの中で言及。
Antoine-Chrysostome Quatremère de Quincy,
manuscript (Archives de l'Académie des Inscriptions et Belles-Lettres, Prix Caylus, 1785, MS D74)
なお
Lavinの本が出版された同じ年に、下記の論考が日本で刊行されています。
白井秀和
「カトルメール・ド・カンシーの建築論:小屋・自然・美をめぐって」
(ナカニシヤ出版、1992年)
171 p.
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