「クフ王のピラミッドに関する建造の新解釈」というニュースが欧米を中心に出回ったのは、確か2010年9月下旬ですが、世界のエジプト学者たちが使っているメーリングリスト、Egyptologists' Electronic Forum (EEF)にてこの知らせが送られて来た時には、「本当は速報することもないんだけども」という但し書きがウェブマスターによって付されていました。
直後にはしかし、EEFではピエトロ・テスタから支持の返事が送られて来ており、こうした受け答えは重要となるかと思います。テスタは2009年に、ピラミッドに関する包括的な本の2巻目をイタリア語で出した建築家。第1巻目は薄いものの、第2巻目は1000ページを超えるという大著で、示されている内容は建築学的には非常に重要だと感じられます。
カラーページを豊富に交えたこの著作については、Testa 2009をご参照ください。同じテスタによる古王国時代の棺に関する設計方法の分析については、Testa 2010もあります。
さて、北欧から発信されたこの論文について。
Ole Jørgen Bryn,
"Retracing Khufu's Great Pyramid.
The "diamond matrix" and the number 7",
Nordic Journal of Architectural Research, Vol. 22, No. 1/2 (2010),
pp. 135-144.
http://www.ntnu.no/c/document_library/get_file?uuid=71763182-fed8-4727-bb58-b5d9e754d6de&groupId=10325
こうした学術論文が発表直後、無料にてネットでダウンロードできるというのはとても珍しい。通常はあり得ないこと。
すなわち反響を大いに期待しての、公開が優先された処置、というふうに解釈されます。
ピラミッドの構築で、頂上石、つまり最上位に置かれる「ピラミディオン」と呼ばれる四角錐の石塊をどのように頂上に置くのかが、ピラミッドの構築方法における最大のカギなのだと述べるくだりは、これまでも繰り返されてきました(cf. Clarke & Engelbach 1930; Houdin 2006)。
ここでもそれが記されています。建築に関わる者であったら、ごく自然な考え方です。
クフ王のピラミッドの断面計画について、キュービット王尺をまず第一に念頭に置いて分析し、階段ピラミッド状の内部構造を想定している点が注目されます。これに、平面における星形となる歪みを重ね合わせた点が新しいところ。
クフ王のピラミッド内に、階段ピラミッドのような断面を想定することにはしかし、大きな異論があると予想されます。これについては十全な論考が示されていません。
短い論文なので、仕方ない点ではありますが。
クフ王のピラミッドが、正確には四角錐ではなく、4つの三角形の各側面がわずかに凹んでいるという事実、つまり平面で言えば4つの先端を持つ星型であること(4芒星の平面;言い換えるなら、凹みが4箇所にある8角形)は、飛行機によって上空から写真が撮られた時に、初めて明らかとなりました。これは凹凸のある8面体のピラミッドとも呼ばれます。この形状の計画寸法を、平面図と断面図との両方において考察した論文。
平面と断面に同間隔の格子線を引いて、ピラミッド内における諸室の位置との整合性を探っており、こうした厳密性はこれまで探られたことがありませんでした。テスタはこうした姿勢を汲んで、賛成していると思われます。
黄金率や円周率に基づく解釈を排している点がきわめて明瞭。この点は強調されるべきです。
でもここにはまだ示されていない研究成果があると推測され、
http://www.sciencedaily.com/releases/2010/09/100924084615.htm
を見ると、他の小ピラミッドに対する分析図がうかがわれますので、この著者による、今後のさらなる発表が期待されます。
クフ王のピラミッドだけを扱った分析はいくらでもあるのですが、ピラミッド全部を包括しようとした考察は極端に少ないわけで、この論考がどこまで射程を有しているのかが、面白いところかと思われます。
一方、参考文献をどのように正しく挙げているのかを見る限り、貧弱な印象しか与えられません。
「そういうところで論文の内容を判断するのか」という反論がもちろん、寄せられるかと思われますけれども、ある程度はこれによって論文の質がうかがわれるのでは。
論文というのは、自分の意見を客観的に、既往の研究を正しく参照しながら綴る行為と思われていますが、この作業が反転して、「逆に読む」という方法が先行する場合も起こります。
この逆転をさらに逆手にとって、「引用すべき文献を並べるリストから始める」という論文の書き方もあるはずかと。
こうした微妙な方法の違いは、興味深く思われます。
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