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2009年9月21日月曜日

Trigger 1993


エジプトやメソポタミアの他、マヤやインカ、アステカなども含めた7つの初期文明を比較考察した本があります。高名な人類学者ブルース・トリッガーによる著作。幸いなことに、和訳も出ています。

Bruce G. Trigger,
Early Civilizations:
Ancient Egypt in Context

(American University in Cairo Press, Cairo, 1993)

邦訳:
ブルース・G・トリッガー著、川西宏幸
初期文明の比較考古学
同成社、2001年

訳書では、この本のモティーフが詳しく記されているので大変参考になります。ここから読み始めても良い。トリッガーによる著作の和訳の状況についても記されているので有用。
訳者は長年、中部エジプトのアコリスにおける発掘調査を続行されている、つくば大学の教授です。比較考古学に関わる著作もある先生。知識の横断と言うことを重視され、また実践なさっておられる方。

各文明に関して数十冊の文献を読みこなす中で、情報の多寡によって何がどこまで分かっているのかを推し量るという下りは面白い。エジプト学については、政治学に関する問題意識の欠如を掲げており、またエジプト学者が古代エジプト文明を、独自なものと考えるあまりに他との比較を怠ってきた点が厳しく指弾されています。
こういう点は、J. マレクも指摘していたところ。
クメール文明は、その研究の深度の至らなさによって対象から外されているという記述も楽しかった。

カナダのこの人類学者の功績については、日本ではウィキペディアでもまだ紹介されていない様子。どれだけ偉いのかを知るために、英語によるウィキペディアを、まずちらっと見ることも必要です。
人間とはいったい何ものなのかという非常に大きな問題を若い頃から自分の課題として据えて、研究を重ねてきた碩学。エジプトやスーダンに関する著作がまず知られています。

研究の途上にあることは、執筆者が一番良く知っていて、ただその「熱ある方位」を指し示すことに傾注がおこなわれています。揚げ足取りはいくらでもできる代わり、対案となる説を出すことはきわめて困難。百年単位でものごとを考えている人間だけが書くことのできる著作。

巻末の、短いコメントつきの文献紹介も興味深い。エジプト学の関係者は、ここの部分だけでも見ると良いかも。

2009年8月8日土曜日

Curran, Grafton, Long, and Weiss 2009


オベリスクが西欧の世界においてどのように受容されたかを述べたもの。社会学的な意味を持つ研究。ウィーンに留学中の安岡義文さんからの御教示。いろいろと本や論文を教えてくれる方々が周りにいて、当方としては非常に有難い。

Brian A. Curran, Anthony Grafton, Pamela O. Long, and Benjamin Weiss,
Obelisk: A History
(Burndy Library, Cambridge, Massachusetts, 2009)
383 p.

Contents:
Introduction, p. 7

1. The Sacred Obelisks of Ancient Egypt, p. 13
2. The Obelisks of Rome, p. 35
3. Survival, Revival, Transformations: Middle Ages to Renaissance, p. 61
4. The High Renaissance: Ancient Wisdom and Imperium, p. 85
5. Moving the Vatican Obelisk, p. 103
6. Changing the Stone: Egyptology, Antiquarianism, and Magic, p. 141
7. Baroque Readings: Athanasius Kircher and Obelisks, p. 161
8. Grandeur: Real and Delusional, p. 179
9. The Eighteenth Century: New Perspectives, p. 205
10. Napoleon, Champollion, and Egypt, p. 229
11. Cleopatra's Needles: London and New York, p. 257
12. The Twentieth Century and Beyond, p. 283

Acknowledgements, p. 297
Notes, p. 301
Bibliography, p. 339
Illustrations, p. 365
The Wandering Obelisks: A Check Sheet, p. 371
Index, p. 375

イヴァーセンは2冊のオベリスクの本を書いており(Iversen 1968-1972)、この2巻本(続巻も予定されていたんでしたが)についてはカバーの後ろ見返し部分に印刷されている書評でも"unrivalled work"と記されていますが、他にエジプトが西欧世界でどのように見られてきたかを書いた

Erik Iversen,
The Myth of Egypt and its Hieroglyphs:
In European Tradition

(G.E.C. Gad Publishers, Copenhagen, 1961)
178 p.

も出していて、考え方は良く似ています。

Labib Habachi,
edited by Charles C. Van Siclen III,
The Obelisks of Egypt:
Skyscrapers of the Past

(Charles Scribner's Sons, New York, 1977)
xvi, 203 p.

邦訳:
ラビブ・ハバシュ著、吉村作治訳、
「エジプトのオベリスク」
(六興出版、1985年)
230 p.

が、エジプト学の視点から初めて本格的に記されたオベリスクの本だとするならば、4人による合作のこの本は、西洋史の中で扱われるオベリスクに焦点を当てた本。ヒエログリフを読もうとしたキルヒャーについては章を独立させて綴っています。
なお、参考文献には掲げられていませんが、オベリスクに関する怪しげな解釈もあって、厚い本である、

Peter Tompkins,
The Magic of Obelisks
(Harper & Row, New York, 1981)
viii, 470 p.

はその典型。これも別な意味で少しばかり興味深い。

2009年5月2日土曜日

Hoffmann et al. (Hrsg.) 1991


建築の考古学的考察をまとめた本。「古代の建築技術」という原題です。国際会議の報告書で、古代ギリシア・ローマの建築遺構が主として対象にされていますが、P. グロスマンが古代エジプトのローマ期における日乾煉瓦造壁体への木材の積み入れについても論文を寄せています。

Adolf Hoffmann, Ernst-Ludwig Schwandner, Wolfram Hoepfner, und Gunnar Brands
(Herausgegeben von),
Bauteknik der Antike
Internationales Kolloquium in Berlin vom 15.-17. Februar 1990 veranstaltet vom Architekturreferat des DAI (Deutsches Archaeologisches Institut) in Zusammenarbeit mit dem Seminar fuer Klassische Archaeologie der Freien Universitaet Berlin.
Diskussionen zur Archaeologischen Bauforschung, Band 5
(Philipp von Zabern, Mainz am Rhein, 1991)
x, 265 p.

その道のエキスパートばかりが集まっている会合なので、きわめて専門的な事項の報告が多く、知らないことばかりです。
古代ローマ建築におけるガラス窓や、古代ギリシア神殿の天井の木材の用法、コルドバのモスクにおけるアーチの詳細、鉄によるギリシア神殿の補強方法の話、瓦屋根の詳しい復元、古代におけるノコギリで大石を切る方法、他にはマヤの「宝庫」に関する考察など、多岐にわたっている論文集。

E. Hansenによるギリシア神殿基壇の石材の設置方法に関する論文は重要で、しばしば引用されています。
これはしかし、9ページのうち、文章はたったの2ページ弱。あとは全部、基壇の細かな造り方の手順を示した図版で占められるという、ちょっと変わった論文。

Diskussionen zur Archaeologischen Bauforschungのシリーズはこの後も刊行されており、重要です。

2009年4月25日土曜日

Ginouves (et Martin) 1985-1998


古代ギリシア・ローマ建築に関する大系的な事典で、3巻本です。13年をかけて完結しました。フランス・アテネ学院とフランス・ローマ学院との共同作業で、さらにはそこにCNRS(フランス国立科学研究センター)も加わっていますから、フランスの研究者たちの知恵の結集と考えても良いかもしれません。

Rene Ginouves et Roland Martin,
Dictionnaire methodique de l'architecture grecque et romaine, I:
Materiaux, techniques de construction, techniques et formes du decor
(Ecole Francaise d'Athenes, Ecole Francaise de Rome, Athenes/Rome, 1985)
viii, 307 p., 65 planches.

Rene Ginouves,
Dictionnaire methodique de l'architecture grecque et romaine, II: Elements constructifs:
Supports, couvertures, amenagements interieurs

(Ecole Francaise d'Athenes, Ecole Francaise de Rome, Athenes/Rome, 1992)
viii, 352 p., 90 planches.

Rene Ginouves,
Dictionnaire methodique de l'architecture grecque et romaine, III:
Espaces architecturaux, bâtiments et ensembles
(Ecole Francaise d'Athenes, Ecole Francaise de Rome, Athenes/Rome, 1998)
ix, 357 p., 115 planches.

古代ギリシア建築の重鎮、R. マルタンは第1巻目だけに参加しています。
その第1巻目では例えば、文章編のほぼ3分の1が索引に充てられていて、フランス語索引、ドイツ語索引、英語索引、イタリア語索引、現代ギリシア語索引、古代ギリシア語索引、そしてラテン語索引と入念に構成されています。

J.-P. Adam, La construction romaine: materiaux et techniques (Paris, 1984)とその英訳本がすでに出ていますし、またM.-Ch. Hellmann, L'architecture grcque (Paris, 2002-)のシリーズも刊行中であるため、これらでほとんどの用は足りるかもしれませんが、多国語の検索ができる点は有用で、あまり類書がありません。

図版が多く所収されていることは重要です。石材の紹介のページなどではカラー写真も使われています。図版の作成は大変だったでしょうが、その多くを描いているのは上述のアダムであることが図版リストから了解されます。
J.-Cl. ゴルヴァンもまた図の作成に関わっており、この人は古代エジプト建築のさまざまな復原図を描いていることで有名。
古典古代建築の研究がどこまで進んでいるかが良く分かる図書で面白い。

2009年4月6日月曜日

Kent (ed.) 1990


スイスからペルーまで、時代も地域も異なる遺構に関する新たな論考。建築学とも深く関連しており、大学教科書として、あるいは副読本として読まれることが目されています。
"Domestic Architecture"を扱うのであって、"Monumental Architecture"を対象とするのではありません。本の題名には、そういう意味が含まれていると考えることができます。目立つ遺構ばかりが追い求められがちな傾向に対する戒め。
地味な住居遺構の分析には多くの手間とともに、広範な領域にわたる知識が必要となりますけれども、そこにこそ学問の本来的な姿があるという表明が、本の副題からは感じられます。

Susan Kent (ed.),
Domestic Architecture and the Use of Space:
An interdisciplinary cross-cultural study.
New Directions in Archaeology
(Cambridge University Press, Cambridge, 1990)
vii, 192 p.

Contents:
1. Activity areas and architecture:
an interdisciplinary view of the relationship between use of space and domestic built environments (p. 1)
by Susan Kent
2. Systems of activities and systems of settings (p. 9)
by Amos Rapoport
3. Domestic space and the tenacity of tradition among some Betsileo of Madagascar (p. 21)
by Susan Kus and Victor Raharijaona
4. The built environment and consumer decisions (p. 34)
by Richard R. Wilk
5. Behavioral conventions and archaeology:
methods for the analysis of ancient architecture (p. 43)
by Donald Sanders
6. Public collective and private space:
a study of urban housing in Switzerland (p. 73)
by Roderick J. Lawrence
7. Domestic space in the Greek city-state (p. 92)
by Michael H. Jameson
8. A structuring structure:
the Swahili house (p. 114)
by Linda W. Donley-Reid
9. A cross-cultural study of segmentation, architecture, and the use of space (p. 127)
by Susan Kent
10. Domestic space and social structure in pre-Columbian northern Peru (p. 153)
by Garth Bawden

75ページにはフランク・ロイド・ライトの3つの住宅の平面図が掲載され、共通したダイアグラムを紹介しています。部屋のかたちが異なっても、構成は一緒だというマーチ=ステッドマンによる考え方。
建築学的に見るならば、ライトの十字形プランに触れていないなど不満はあるものの、こうしたかたちでライトが考古学の教科書に掲載されるというのは非常に興味深い。

平面が「構造的に酷似する」と言った場合、しかしこの論考の廊下の扱いには危うさが感じられます。つまりミースの主空間・従空間の分け方に通じる部分があるわけで、建築の人間ならばどのように解釈すべきなのか、ここは熟考を求められる点。
さまざまな示唆があり、重要です。ペーパーバックで入手できる点は有難い。

2009年3月23日月曜日

Powell (ed.) 1987


古代中近東の世界における労働の諸相を記した本。この領域に関する文献としては、最強の部類に属するものです。20年前の本ですが、これに代わる書は未だ出ていないはず。
巻末には「重要な古代語」の索引も設けられていて有用。

Marvin A. Powell,
Labor in the Ancient Near East.
American Oriental Series, Vol. 68
(American Oriental Society, New Haven, 1987)
xiv, 289 p.

古代エジプトのピラミッド建造に関わる労働者たちということであるならば、例えば、

Ann Rosarie David,
The Pyramid Builders of Ancient Egypt:
A Modern Investigation of Pharaoh's Workforce
(Routledge and Kegan Paul, London, 1986)
x, 269 p.

などが代表的な一般向けの入門書ですが、パウエル編のこの本では、ピラミッドの石材に残されていたヒエラティックによる書きつけを読んだ上での考察が展開されており、季節としてはいつ働いたのかなど、非常に詳しく検討されています。
シュメールにおける労働については、日本の前川和也先生が執筆なさっています。

Kazuya Maekawa,
"Collective Labor Service in Girsu-Lagash:
The Pre-Sargonic and Ur III Periods",
pp. 49-71.

しかし特に注目すべきは、この本の中でもっとも長い文が書かれている新王国時代の労働者組織についての章で、

Christopher J. Eyre,
"Work and the Organisation of Work in the New Kingdom",
pp. 167-221.

は古代エジプトにおける労働組織に関する基本文献。
関係するオストラカ(単数形はオストラコン。石灰岩片や土器片に文字が記されたもの。原義は「蛎殻」)やパピルスを専門に読む学者によって記された論文で、きわめて緻密な内容を示します。デル・エル=メディーナ(ディール・アル=マディーナ)を中心とし、人数、班構成、休日がいつ与えられたか、ストライキの話、掘削作業における明かりの問題、作業記録の方法、配給された品々など、逐一、根拠となる文字資料を挙げている点は素晴らしい。
チェルニーによる重要な本、

Jaroslav Cerny,
A Community of Workmen at Thebes in the Ramesside Period.
Bibliotheque d'Etude (BdE) 50; IF 453
(Institut Francais d'Archeologie Orientale, Le Caire, 1973)
iv, 383 p.

の改訂増補版といった位置づけとなりますが、この原稿はもともとはEyre自身の博士論文をもとにしていると推察され、こちらは400ページほどの厚さ。

Christopher Eyre,
Employment and Labour Relations in the Theban Necropolis in the Ramesside Period
(Dissertation, unpublished. Oxford, 1980)
iv, 387 p.

UMIを通じての米国における博士論文の入手とは異なり、英国で書かれた博士論文の入手は面倒で、著作権に関して念書の提出が必要となったりします。
他国の博士論文はもっと面倒。

2009年1月25日日曜日

Heisel 1993


古代の建築図面をくまなく集めた珍しい本。労作です。
類書は見られず、これからもしばらくは出版されないと思われる奇書。

Joachim Peter Heisel,
Antike Bauzeichnungen
(Wissenschaftliche Buchgesellschaft, Darmstadt, 1993)
xii, 279 p.

さほど厚くない本なのに、註は635もあります。メソポタミア、エジプト、ギリシア、ローマの各時代の図面を収集し、分析を加えています。
国士舘大学で和訳が進められているとの話も聞きましたが、未だ出版されていない模様。

図面の例を丹念に集めている点に感心する一方、落書きに分類すべきと思われる図も加えられており、ここは判断が分かれるところ。
また絵画史料として残されているものだけを対象としているので、古代エジプトのオストラカで墓の寸法だけが文字として記されている例などは含まれていません。この辺も残念な点です。レイデンのDemareeなどがこの分野を手がけていますが、本当は総体として考えるべきではないかと感じられます。
その線引きも、実は考えてみると難しい。

地域や時代を横断して考えると言うことが困難になっている時代にあって、これだけのことができるというのは驚きです。建築という分野のいい加減さが、良い方向に働いている例で、見習うべきなのかもしれません。

ビブリオグラフィーでは、

Cicero, Marcus Tullius: Epistulae ad Quintum Fratrem.
Epistulae ad Brutum. Fragmenta epistularum,
Ed. H. Kasten, (2. Aufl.)
Munchen 1976.

Vitruv: De architectura libri decem - Zehn Bucher uber die architektur
Ed. C. Fensterbusch, (3. Aufl.)
Darmstadt 1981.

などという記述が見られ、現代の研究者による著作と、キケロやウィトルウィウスたちによるラテン語文献とが同列に扱われてアルファベット順に並んでいます。文献学者の方々にとってはたぶん、我慢ならない点かと思われます。
しかし、こういう記述があってもいいのかもしれません。
これに倣って「アテン賛歌」を、例えば

Akhenaten ca. -1340

と表記したい誘惑に駆られます。

2009年1月24日土曜日

Wright 2000-2005


全9巻からなるフォーブスの「古代の技術史」は名著で、改訂を重ねましたが、その和訳がようやく完結に近づいてきた模様です。2003年に上巻が上梓され、今は3冊目の「下巻1」が出たらしい。けれども一冊が600~700ページもあり、大変な訳業。この分野に属する書籍では他にチャールズ・シンガー、他による「技術の歴史」全14巻も和訳がなされています。
フォーブスの本はしかし、出てから相当の年代も経ったということで、版元のブリルが新たなシリーズの刊行を開始しました。つまりは

Robert J. Forbes,
Studies in Ancient Technology, 9 vols.
(Brill, Leiden, 1955-1964)

の改訂版といった位置づけです。
フォーブスは基本的にエジプト・ギリシア・ローマの世界を眺め渡していた人で、全部をひとりで良く書いたと思われるのですが、今回のシリーズ、"Technology and Change in History"では対象となる地域をさらに拡げるとのこと。その建築の領域を担当しているのがG. R. H. ライトで、この人はエジプトのカラブシャ神殿の修理報告書を執筆していることで知られています。著者は今年80歳代の半ば。

George R. H. Wright,
Ancient Building Technology.

Vol. 1: Historical Background.
Technology and Change in History , Vol. 4
(Brill, Leiden, 2000)
xx, 155 p.

Vol. 2: Materials
Part 1, Text
Technology and Change in History, Vol. 7/1
(Brill, Leiden, 2005)
xxxv, 316 p.

Part 2, Illustrations
Technology and Change in History, Vol. 7/2
(Brill, Leiden, 2005)
xxiv, 309 plates.

第1巻は全部で11章から構成されていて、"Non modo aedificantibus sed... omnibus sapientibus"と目次のすぐあとに記されている引用句は、ウィトルウィウスの「建築書」の冒頭に出てくる語。
第1章が「動物の巣」から始められているのが興味深い。最初の図版に鳥の巣の写真を載せている建築史の本なんて、他にはたぶん見当たらないと思います。建物を扱う際の敷居をできるだけ低くしておこうというのがこの著者の建築の見方で、その点が独特であり、G. R. H. ライトにとっては建築の見栄えを整えるという狭い意味での「デザイン」などは、どうでもいいことのように捉えられています。

世界のあちこちの建物を見て回ってきた人だからこそ書ける本で、新石器時代の建物について20ページほど書いていますが、その後の時代のギリシアもローマも、それぞれ同じ20ページずつの記述で終わらせています。
分け隔てなく建物を見るという姿勢が透徹されている本。実際、ピラミッドだろうがパンテオンだろうが特別視はしない、と序文に明言されています。徹底したこの平等主義が興味深い。

2009年1月20日火曜日

Harris (ed.) 2006 (4th ed.)


アメリカのコロンビア大学建築・都市計画・歴史保存大学院コースの名誉教授による建築事典。版を重ね、第4版が近年出ています。1000ページを超える書で、足にうっかり落としたりすると大変危険な本。

Cyril M. Harris,
Dictionary of Architecture and Construction
(McGraw-Hill, New York, 2006, 4th edition.
First published in 1975)
xi, 1089 p.

建築英語事典はたくさん出ていますが、それぞれ一長一短があり、複数揃えることが必要になってきます。
この本は名門のコロンビア大学の建築の学生たちに長らく使わせてきた歴史もあって、図版も2300点を収めており、充実した一冊。当初は"Illustrated Dictionary of Historic Architecture"というタイトルでした。図版を多く入れて説明することに力を注いでおり、その点が特徴。最初の版のページ数のほぼ2倍になっています。

改訂に当たっては図版もかなり入れ替えをおこなっているようで、昔に見たものとだいぶ印象が変わっています。アジアの建築などにも言及していますので、簡単に調べる際には有用。ただし、建築構法の説明にも多くのページを費やしていますので、相対的に歴史関係の記述が少なめになっています。

建築史関連の辞書ということであれば、N. ペヴスナー卿・他による以下の本、

John Fleming, Hugh Honour, and Nikolaus Pevsner,
Penguin Dictionary of Architecture and Landscape Architecture.
Penguin Reference Books
(Penguin, New York, 2000, revised.)
656 p.

が有名です。各様式についても要領を得た説明がなされており、何よりも安くペーパーバックで提供されているのが魅力。この本も改訂を経ています。一冊だけ購入するとするならば、むしろこちらの方がお勧め。旧版については和訳も出版されており、翻訳を手がけているのは東大の鈴木博之教授。
ペヴスナー卿は非常に有名なイギリスの建築史家で、英国における歴史的建造物の基礎台帳を作成したことでも知られている人。

個人が辞書を執筆する場合もあって、

James Stevens Curl,
with line-drawings by the author and John Sambrook,
A Dictionary of Architecture.
Oxford Paperback Reference
(Oxford University Press, New York, 1999. Paperback 2000)
xi, 833 p.

こちらもペーパーバック。この著者は古代エジプト建築について造詣の深い人で、この本では文を800ページ書いている他、図まで作成しているというただならぬ人物。西洋における墓について、またフリー・メーソンについて、いずれも注目すべき本を出版しています。異能の学者です。