2009年7月13日月曜日

Martin 1987


サッカーラ(サッカラ)でツタンカーメンに仕えた時代の高官ホルエムヘブ(ホレムヘブ)や宝庫長マヤなどの墓を発見した、G. T. マーティンによる新王国時代のレリーフの報告書。ホルエムヘブは後に王となり、テーベの王家の谷に自分の墓を造営しています。
この本、第1巻のみが現在、刊行されています。

Geoffrey Thorndike Martin,
Corpus of Reliefs of the New Kingdom from the Memphite Necropolis and Lower Egypt, Vol. I
Studies in Egyptology
(Kegan Paul International, London, 1987)
xv, 63 p., 114 plates.

最終ページは63ページ。
けれども本文の途中にたくさんの図版が入っており、実際にはもっとページがあります。

画像の説明はきわめて簡単。
これまであまり知られていなかったりした画像資料をできるだけ広く認めてもらおうという意図のもとに集成し、刊行された本。続巻が強く望まれますが、新しい墓、特にラメセス時代のものが次々と見つかっている状況ですので、なかなか難しい。
謝辞の最後には1985年の9月という日付が見られ、かなり前から準備されていた本であることがうかがわれます。

インデックス(索引)が設けられており、各博物館に収蔵されている登録番号と、この本で紹介されている番号との対照リスト(コンコーダンス)、及びレリーフに記載されている個人名のリストが巻末に収められています。
本を新しく出す時には、長く使ってもらいたい、読んでもらいたいと思うのは誰もが強く願うことで、その時にこの巻末のインデックスがきわめて重要になります。
単に、知っていることを長々と書くだけでは駄目だというしるし。使う人の立場に立って、使いやすいように心がけられています。こういう配慮がないと、書評では正しく指摘されます。

マーティンは歴史学者であるとともに碑文学者。ですからこういう点は周到。
文献学者がレリーフの本を出すのかという反発がもちろんあるわけで、それを充分わきまえた刊行です。むしろ、美術史学者が何故、こうしたものを早く用意しないのかという批判もここには当然、隠されていると考えるべき。

この本からは、最低限、こういう報告をすべきだという示唆をさまざまに知ることができて、非常に役に立ちます。完全版下で原稿が用意されたと推測され、著者の苦労が忍ばれる本。
カイロの早稲田ハウスで今回、久しぶりに見て、改めてマーティンの考え方に接した様な気がしています。
マーティンが一般向けに書いた本としては、

Geoffrey T. Martin,
The Hidden Tombs of Memphis.
New Discoveries from the Time of Tutankhamun and Ramesside the Great
(Thames and Hudson, London, 1991)
216 p.

が知られています。巻末にはメンフィス地域で現在確認されていない新王国時代の高官たちの墓のリストが掲載されており、きわめて面白い。
なお、関係資料として

The New Kingdom Memphis Newsletter
(Leiden and London, 1988-. ca. 20 p)

No. 1 (October 1988)
No. 2 (September 1989)
No. 3 (October 1995)

があり、これは関係者たちのみで刊行されている冊子。メンフィスにおけるトゥーム・チャペルを研究する者にはおそらく必読の刊行物。
こういうふうに、アクセスが難しい少部数刊行の出版物がある点が厄介です。続巻があるのかどうか、当方も把握していません。

アマルナの王墓の報告書だったか、マーティンが現場まで歩いていくという記述が序文にあって、驚きました。アマルナを訪れたことのある人であったら、それがどれ程の長い距離なのか、分かるかと思います。
この人の書いた報告書の序文はすごく興味深い。間違いだらけの、印刷技術が始まったばかりの時の本からの引用があります。
何が正確で何が正確でないか。また何が伝わって後世に残り、何が伝わらないのか。
そうした経緯を知っている書き方がなされています。

2 件のコメント:

  1. 海のエジプト展に興味を持ち、関連するサイトを探しているとここに目が留まりました。裏話的な記述もあり、いろいろ興味深い内容で、今後の記事が楽しみです!

    ちなみに、先日(1週間くらい前でした。今もやってるのかな?)丸善本店の洋書売り場でエジプト本フェアをやってました。「海のエジプト展」の英文版のカタログやその他の本もあり、このMartin氏の本もあったようななかったような…笑 100冊くらいエジプトの洋書がそろってましたので、お勧めです。

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  2. コメントありがとうございます。

    「海のエジプト」展に関しては当方も関わりました。早稲田大学の近藤二郎先生・長谷川奏先生とともにアレクサンドリアの都市の復原のお手伝いをさせていただきました。
    この展覧会は日本でも珍しくグレコ・ローマン時代の遺物が主な展示品として並んでおり、面白いところです。

    エジプト学を10年以上やってると、海外の古本屋から「この本、あんた、いらない?」とメールが来ることがしばしばです。
    カタログが配信される前に教えてくれるわけで、こういう事情で日本でのエジプト洋書販売にいちいち顔を出さなくても済むという事情になってます。
    プロなら関連図書を数千冊はすでに所有、あるいは読んでメモしているはず。むしろ彼らは、それらの蔵書リストの中の欠けている部分を探している、そういうふうにお考えください。

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