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2009年3月24日火曜日

Wilson Jones 2000


古代ローマ建築の研究における重要な基本文献。建築家であり、また建築史家である者によって書かれた論考です。これまで執筆されてきた論文の集大成。

Mark Wilson Jones,
Principles of Roman Architecture
(Yale University Press, New Haven, 2000)
xi, 270 p.

Contents:
Introduction: The Problem of Interpretation

Part I
I. Questions of Identity
II. Vitruvius and Theory
III. The Dynamics of Design
IV. Ground Rules: Principles of Number and Measure
V. Ground Rules: Arithmetic and Geometry
VI. Coping with Columns: The Elevation
VII. A Genius for Synthesis: The Corinthian Order

Part II
VIII. Trajan's Column
IX. The Enigma of the Pantheon: The Interior
X. The Enigma of the Pantheon: The Exterior

Appendices
A. Tabulated Measurements of Selected Buildings
B. Measurements and Analysis relating to the Corinthian Order

全体は2つに分かれており、前半は設計理論、後半は実際の遺構分析です。前半のうち、第3章は重要。"The Dynamics of Design"という章の題は、明らかに美術史学的な分析方法を意識しています。「静的な分析」、つまり平面図や立面図などに、補助線をたくさん引いて簡単な比例を求めたり、黄金比を当てはめたりするだけに終わる作業に対して、はっきりとした異和を唱え、「動的な分析」を提唱している言葉です。第4章も面白い。"The 1:10 ratio between column diameter and height"; "The 1:1 proportion of the front facade"など、いくつか列挙しています。

図版が豊富である点はありがたい。
後半ではトラヤヌス帝の柱とパンテオンしか扱っていません。しかし、ともにローマにあるこのふたつの遺構についてはあれこれと、普通では考えられない変な部分を指摘して分析を加えています。

最後の二つの付章はとても素晴らしい。
最初の章では主な遺構について、主要寸法と当時の基準尺(ローマン・フィート=296mm)への換算、誤差、そして想定される計画寸法を掲載しています。
次の章ではコリント式オーダーの柱の実例を列挙し、詳細な寸法リストを作成しています。皇帝が好んで用いた大型のコリント式の柱が網羅されているわけで、有用です。
古典古代建築に興味がない人でも、おそらくは図版だけで充分楽しめる書。古代エジプトに関する本を出すとするならば、どういうものが考えられるのかという問題にも大きな示唆が与えられる本です。

2009年3月19日木曜日

Packer 1997


福岡キャンパス図書館の書架に並んでいるのを見て思い出した本。記憶に頼って書くという無謀なことをやりますが。
書誌は以下の通り。

James E. Packer,
The Forum of Trajan in Rome:
A Study of the Monuments, 3 Vols.
California Studies in the History of Art, 31.
Vol. I: Text.
Vol. II: Plates.
Vol. III: Portfolio.
(University of California Press, Berkeley and Los angeles, 1997)
xxx, 498 p. + xiv, 114 plates, 11 sheets of microfiche + iv, 34 folios.

ローマの中枢にある、トラヤヌス帝のフォルムに関する報告書。
フォルムというラテン語は要するに「広場」を指し示しており、日本語でも現在では「フォーラム」という表現で伝わっている言葉。

細長い広場の報告書が、何故500ページ以上も費やされて記されているかということを改めて考えると不思議です。建築を丁寧に報告すると、このような形態になると言うことが良く分かって参考になる本。

使用石材があちこちに散らばっていて、博物館に収蔵されたりもしており、これらを追う地道な作業が強いられます。ローマ時代には有名な建物がラテン語でも記録に残されるわけで、その文章表現もまた、重要な資料のうちに含まれます。
オーダーがあるので、柱の径などの情報をもとにして柱全体の復原も不可能ではない。このため、石材一点一点の扱いが重視されることになります。古代エジプト建築の報告と大きく異なるところです。

でも、対象はあくまでも広場です。そこに並べられた列柱が広場の格を高めるための役割を帯びることとなりますが、それももう全部が揃っていません。テキストを含む断片的な情報を集大成し、ばらばらになった建材にも注目し、また広場の設計方法を探り、という過程を踏んでの論考。
建築の報告書というものが、いかなる存在であるかを知るには最適の例かもしれません。

3巻の構成で、マイクロフィッシュが付いています。見るための専用の機械が必要。あるいは紙焼きにしてもらうこともできますが、高くつきます。
建築を本に仕立てると言うことの意味を考えるに当たって、いろいろなことを考えさせる重厚な書籍です。これほどの厚い本は珍しい。

ローマの中枢である場所を散策することはお勧め。現在、この周辺に車が進入することは禁じられています。考古学者にしてみれば、立ち入り禁止の領域をもっと広げておきたいところなのですが、それでは観光産業が成り立たなくなります。
観光客をどこまで入れるのか。また、遺跡をどう見せるのか。外国へ行った時に、観光客という立場を離れ、企画者の側の観点に立って遺跡を見るということも、是非試してもらいたい見学方法です。

2009年2月28日土曜日

Dodge and Ward-Perkins (eds.) 1992


J. B. ワード=パーキンズは古代ローマ建築の研究で知られている存在。建築作品だけではなく、それを作り上げている石材にも強い関心を抱き、大理石の研究にも着手しました。
「いにしえの大理石」といったような意味の題名を有する論考集。

Hazel Dodge and Bryan Ward-Perkins (eds.),
Marble in Antiquity:
Collected Papers of J. B. Ward-Perkins.

Archaeological Monographs of the British School at Rome, No. 6
(British School at Rome, London, 1992)
xi, 2 colour plates, 180 p.

Contents:
Chapter One Introduction
Chapter Two John Bryan Ward-Perkins: An Appreciation
Chapter Three John Bryan Ward-Perkins: Bibliography of Published Works
Chapter Four Materials, Quarries and Transportation
Chapter Five The Roman System in Operation
Chapter Six The Trade in Sarcophagi
Chapter Seven Taste and Technology: the Baltimore Sarcophagi
Chapter Eight 'Africano' Marble and 'Lapis Sarcophagus'
Chapter Nine Nicomedia and the Marble Trade
Chapter Ten Columna Divi Antonini
Chapter Eleven Dalmatia and the Marble Trade
Chapter Twelve The Trade in Marble Sarcophagi between Greece and Northern Italy
Chapter Thirteen The Imported Sarcophagi of Roman Tyre
Appendix 1 Main Quarries and Decorative Stones of the Roman World
Appendix 2 Bibliography of Marble Studies

大理石は古代ギリシア以降、好んで用いられた石材。純白なものは特に重視されました。この傾向は今でも続いています。大理石は光を透過させる石でもありますから、薄く切ったものは窓に嵌め込み、明かり取りにも用いることができました。瓦が大理石で造られた場合のパルテノン神殿の室内の明るさに関する研究もなされています。
きめが細かくて柔らかい上に粘りがあり、精妙な加工に向いている石材であったことが人気の秘密であったように思われます。透過性も備え、「光を蓄える石」としか表現する方法がない性質を有していた点が「かなめ」。
この石材について、石切場の研究から加工の方法、運搬方法、交易など、およそ思いつかれることは基本的にすべて網羅されているのが良く了解される本。

カラー図版では色とりどりの大理石が紹介されており、巻末では主要な大理石や色つきの他の石材の石切場がまとめて地図とともに例示されています。
大理石研究についての文献リストが重要で、

A General Marble
B Identification and Analysis
C Quarries, Quarrying and Trade
D Shipwrecks and Transport
E Architectural Use of Marble
F Sarcophagi
G Sculptors, Sculpture and Statuary
H Carving and Tools
I Later Use, Spolia and Reuse
J Prices, and Diocletian's Edict of Maximum Prices AD 301
K Other Works Frequently Cited

と細かく分類され、有用。15年前の作成ですけれども、あとはJournal of Roman ArchaeologyのReview articleなどで補うことができます。

2009年1月31日土曜日

Polidori, Di Vita, Di Vita-Evrard, and Bacchielli 1998


リビアにある古代ギリシア・ローマ時代の遺跡を紹介した本。ほとんど全ページにカラー写真が掲載されています。写真家による作品集という趣があるので、遺跡の姿を堪能できます。

Photographies de Robert Polidori,
textes de Antonino Di Vita, Ginette Di Vita-Evrard, et Lidiano Bacchielli,
La Libye antique:
Cites perdues de l'Empire romain

(Editions Menges, Paris, 1998)
255 p.

Table de matieres:
Premiere partie: La Tripolitaine
-Le territoire
-Apercu historique
-Lepcis Magna
-Sabratha

Deuxieme partie: La Cyrenaique
-L'histoire
-Cyrene
-Deux autres cites de la Pentapole
Annexes

遺跡の価値を認めている方にはリビアはお勧めの国だと思います。レプティス・マグナには特に圧倒されます。真夏に行った時には他に観光客がおらず、都市遺跡を堪能することができました。
外国人の行き先はその都度警察に告知する必要があったりと厄介で、これを委託するためのガイドとその他にドライバーを雇うことになりますから、旅費は他地域と比べて高額になります。ガイドの話によると、若い人はほとんど来ないとのこと。来るのは考古学者と建築家、リタイアして他の遺跡を見飽きた人、この3種類だと笑っていました。

5日間の旅行で地中海沿岸に位置する都市遺跡、レプティス・マグナ、サブラタ、キュレーネ(シレーネ)、アポロニア、プトレマイス、そしてトリポリの6つを見て、総計30万円弱ほど。これは現地のホテル代・食事代・車代などを含んでの費用です。ひとつの遺跡当たり、5万円見当。
ただし日本からトリポリまでの海外渡航費は別で、これを考慮するならばひとつの遺跡当たり、10万円ほどになります。この価格をどう見るかが分かれ目。
誰もいない古代ギリシアや古代ローマの広大な都市遺跡を、時間を気にせず散策でき、真っ青な地中海に面して建造された有名なレプティス・マグナの劇場の観客席に、貸し切り状態でひとり座ることもできます。

リビアの遺跡はイタリアによって発掘調査がなされており、報告書が数多く出ています。Monografie di Archeologia Libicaのシリーズが基本文献。出版元のHP、

http://www.lerma.it/


で全巻のタイトルを見ることができますが、すでに入手が困難になっているものもあります。日本国内で見るには非常な苦労が伴います。
なお、イタリアの考古学を紹介するページ、

http://www.archaeogate.org/


があって、登録するとエジプト学も含めた新刊紹介や催事の情報などを載せたニューズレターを送ってくれ、とても便利。

2009年1月18日日曜日

Lander 1984


古代ローマ時代の城塞を集成した本。四角く防壁を巡らせて、各隅に塔を建てる構えは古代ギリシアの時代に形成されました。これを継承し、各地に多数建造されたローマ時代の砦を丁寧に辿ります。

James Lander,
Roman Stone Fortifications:
Variation and Change from the First Century A.D. to the Fourth.
BAR International Series 206
(British Archaeological Reports (B.A.R.), Oxford, 1984)
x, 363 p.

BARの略称が、もしBARと記されるならば、エジプト学ではJ. H. ブレステッドの"Ancient Records of Egypt, Historical Documents from the Earliest Times to the Persian Conquest," 5 vols.を指す場合があります。
またBARと省略される雑誌名が他にもあり、時として分かりにくいところです。

古代エジプトにも大がかりな城塞は造営され、ブヘンやミルギッサなどが代表的です。しかしこれらは単独で存在した防衛拠点と言うべきものであって、あたかも鎖のように砦を並べ、外敵の侵入を防いだローマのやり方とは異なります。

或る間隔を置いて砦を配置し、築かれた防衛線は「リメス limes」と呼ばれました。特にライン川とドナウ川はローマ帝国にとっては非常に重要な川で、このふたつの川がヨーロッパのどこを流れているかを調べると、自ずとその理由が了解されます。ヨーロッパの地図において左と右との両側から中央に向かって走るこのふたつの裂け目としての川は、ヨーロッパ全体の広さを勘案するならば、上流ではほとんど触れ合わんばかりにまで接近しているとみなしても良く、自然の防衛線としてローマ人たちはこれを利用しました。つまりライン川とドナウ川に沿って砦を次々に築いたわけです。いくつかの砦はその後、ヨーロッパ有数の都市にまで成長していきます。
ランダーのこの著作は城塞建築の考察に主眼を置いたものです。一方、延々と伸びるリメスに軸足を置いて考察をおこなった著作もあり、

Joelle Napoli,
Recherches sur les fortifications lineaires romaines.
Collection de l'Ecole Francaise de Rome 229
(Ecole Francaise de Rome, Rome, 1997)
vi, 549 p.

などが挙げられます。

古代ローマ時代の建築については膨大な量の研究が重ねられており、とうてい古代エジプト建築研究の比ではありません。古代ローマの軍事建築だけを扱う専門雑誌も刊行されており、かなりの程度、研究分野の細分化が進んでいます。
イギリスに設けられた古代ローマ時代のリメスである「ハドリアヌスの長城」は世界遺産。ライン川沿いのリメスも後にこれに加えられています。

城塞は中世の城に受け継がれますけれども、その後、火薬の発明と火器の発展によって根本的な変化を強いられます。「カタパルト」として知られる投石機による攻撃の時代が終わり、星形の要塞が考案されました。ヴォーバンによる堅固な要塞の計画方法が流布し、その影響はヴェトナムのフエの王宮(これも世界遺産)、また北海道の五稜郭にまで及んでいます。このことは、旧来の城の形式が完全に形骸化したことを意味しており、ディズニーランドのシンデレラ城はその典型。

軍事建築の5000年と言うことを考えた場合、要に位置する書。
参考文献を巻末に挙げていますが、"Primary sources"と"Secondary sources"とのふたつに分けられており、ギリシア語・ラテン語文献は前者で扱われます。

2008年12月26日金曜日

Mols 1999


ヘラクレネウムで見つかった家具の報告書ですが、古代エジプトの木工家具にも言及している文献。
家具史に関わるエジプト学者は、実は世界で数名いるに過ぎません。H. S. Baker ベーカーによる古代の家具に関する重要な著作(Baker 1966)が出された後、G. Killen キレンは何冊かの本を出しています(Killen 1980; Killen 2003; Herrmann ed. 1996)が、既往研究を充分に引用していないなどの不手際のため、エジプト学者の間ではあまり信用されていない傾向が見られます。ベーカーもキレンもともに家具職人であって、作り手から見た家具の研究をおこなっています。
一方、エジプト学者の中で家具に興味を抱いている人間としてはH. G. Fischer フィッシャー(cf. Égypte, Afrique & Orient 3 [1996])やM. Eaton-Krauss イートン=クラウスたちが挙げられます(cf. Eaton-Krauss 2008)。フィッシャーは惜しくも数年前に亡くなりました。アメリカのメトロポリタン美術館に所属していた、風変わりな文献学者で、面白い内容の著作をいくつも書きました。建物の扉に関して述べている論文なども残しています。晩年に詩集を出している才人。

Stephan T. A. M. Mols,
Wooden Furniture in Herculaneum: Form, Technique and Function.
Circumvesviana, vol. 2
(J. C. Gieben Publisher, Amsterdam, 1999)
321 p., 201 pls.

古代ローマの家具を扱うこの本が何故注目されるかと言えば、文献への目配りを充分におこない、古代エジプト家具についての素晴らしい短い要約が書かれているからです。W. Helck and E. Otto (eds.), Lexikon der Ägyptologie(cf. LÄ 1975-1992)における「家具」の項目における記述に負けていません。
図版20も注目されます。ものすごく古い報告書、

W. M. Flinders Petrie and Ernest MacKay,
Heliopolis, Kafr Ammar and Shurafa
(London, 1915)

のpls. 24-25を参照したと注記してありますが、実際に両者を見比べたら、まったく違うことに驚かされます。この図版は木工における仕口の図解なのですが、改変して立体的に描写されており、古代の家具に関し、エジプト、ギリシア、そしてローマ時代を通底して、木材加工の変遷を見据えようとする著者の努力が明瞭に伺われます。

家具史の教科書というのは古代エジプトから語り始められますけれども、実は他の地域では出土例が少ないわけで、エジプトはこの点、独壇場です。たくさんの家具が出土しており、また王の家具から労働者の家具まで見つかっているという点で、古代世界においては他に例を見ません。家具の形式を見るならば、その持ち主の社会的な地位を推定することができるほど、エジプト学では家具の出土例が多く見受けられます。
でもそれ故に、客観視できない部分があるのではないかと、本書を読む時には反省を強いられます。

エレファンティネの報告書で明らかなように、第3王朝における建物の天井の梁材を復原する考察もありますが、古代エジプトにおいて、木材がどのように加工されて用いられたのか、その全体像を見ようとするエジプト学の研究者は、未だあらわれていないように見受けられます。
他方、建築から家具に至る分野の横断と、新たな領域の開拓はもしかしたら、日本人にしかできないかも、と期待される部分があります。エジプト学はすでに分野が細分化されており、一方で日本の木材加工の歴史に関する資料は近年、増えているからです。

古代ローマ時代の家具については、新刊が出されています。

Ernesto De Carolis,
Il mobile a Pompei ed Ercolano: Letti tavoli sedie e armadi.
Studia Archaeologica 151
(L'Erma di Bretschneider, Roma, 2007)
260 p.

巻末の30ページにわたる家具の復原図版はCGを用い、モノクロながら興味が惹かれます。

2008年12月20日土曜日

DeLaine 1997


カラカラ帝の共同浴場は、よく紹介されているように、これは大規模な娯楽施設とみなすことができます。円形闘技場のコロッセウムと双璧をなす古代ローマの建築遺構で、当時の建物の特質が顕著にうかがわれる名作。こういう公共施設は、それまでの世界のどこにもありませんでした。

題名で浴場が"Baths"と複数形になっているのは、浴室がたくさん並んでいたからで、男女別に分かれ、それぞれに熱浴(カルダリウム)・温浴(テピダリウム)・冷浴(フリギダリウム)のための場が用意されていました。復原図が研究者によっていくつか作成されていますけれども、風呂と言うよりは、そのありさまは屋内の温室プールとほとんど一緒。各地に建つ今日のスパリゾートの原型でもあります。図書館や店舗などが付設され、隣には広大な運動場も作られていました。

Janet DeLaine
The Baths of Caracalla: A Study in the Design, Construction, and Economics of Large-scale Building Projects in Imperial Rome.
Journal of Roman Archaeology Supplementary Series Number 25
(Journal of Roman Archaeology, Portsmouth, Rhode Island, 1997)
271 p., 4 folded plans

この建物がどのように造営されたかを丁寧に探っていく書です。冒頭を占めている平面計画の分析や、どのような装飾が施されていたのかを推定する考察などは珍しくありません。
けれども、多量の建材を世界中のどこから集めてきたのかを問う85ページ当たりから、この本の特徴が出てきます。石材に関しては今で言うトルコ・ギリシア・エジプト・アルジェリアなどから輸入してきたもので、他には土、縄、木材についてもどこから工面したかを尋ねています。

この壮大な建物に、どれだけの量の煉瓦が使われたかを考え、それにとどまらず、煉瓦を焼くための燃料の調達、人手の推量、煉瓦を焼くための窯の大きさ、土を練って型抜きした煉瓦は何日乾燥させるのか、一回焼くと煉瓦がどれだけできるのか、何日間冷却するのか、運搬に当たっての人手の数、煉瓦を積む際のモルタルの総量、足場に使う木材の量など、およそ考えつく限りの事柄を全部調べ上げています。驚くべき本です。あんまり類例がありません。

第9章では、この建物を建てるに当たり、一体いくらかかったかを積算しています。
細かい数字が並んだ表がたくさん収められている書ですから、これだけで敬遠する人も多いかと思われますが、人間ひとりが一日にどれだけの量の石を切り出せるのか、あるいは土を一日当たり、ひとりがどれだけ運べるのかといった問題に触れる際には、必ず参考となる論考。

著者の博士論文で、1981年に研究を始めたと序文に書いてありますから、16年かかってこの本を出版したことになります。
「調べていくうちに話題がどんどん拡がってしまって・・・」と記してありますけれども、そりゃあそうでしょう。古代ローマを代表する大きな複合建築であるカラカラ帝の共同浴場をケース・スタディの対象として選んだ時から、それは見えていたはず。エジプトのカルナック神殿を論文のテーマに選択するような無謀さがあります。

ちなみに彼女のこの博士論文を指導した主査がF. Sear(Sear 2006)で、古代ローマ時代の劇場の集成を出版した学者。師匠の方法論が色濃く反映された本格的な本です。

2008年12月17日水曜日

Sear 2006


古代ローマの劇場についての情報をまとめた建築資料集成。イタリア国内はもちろん、トルコ・ギリシア・シリア・チュニジア・リビアなどに残る400以上の劇場の遺構を扱っています。

Frank Sear
Roman Theatres: An Architectural Study
Oxford Monographs on Classical Archaeology 
(Oxford University Press, New York, 2006)
xxxix, 465 p., 7 maps, 34 figs., 144 pls.

図版を入れれば500ページ以上に及ぶ大作です。すべての劇場の平面図を掲載し、比較がきわめて容易です。
建築学的分析を扱う書であるため、設計過程の考察からデザインの相違、建造費は一体いくらであったのかなどを最初の100ページほどでまとめており、これからの劇場建築研究の基礎となる資料を示しています。
カタログ編では古代ローマの中心であるイタリアから始め、徐々に対象を周辺諸国へと拡げていきますが、地中海を基本的に逆時計回りに巡ります。

Contents:

1. Theatre and Audience (p. 1)
2. Finance and Building (p. 11)
3. Roman Theatre Design (p. 24)
4. Theatres and Related Buildings (p. 37)
5. Republican Theatres in Italy (p. 48)
6. The Theatres of Rome (p. 54)
7. The Cavea and Orchestra (p. 68)
8. The scene Building (p. 83)
9. Provincial Theatres (p. 96)

Catalogue
Italy (p. 119)
Britain, Gaul, and Germany (p. 196)
The Balkans (p. 255)
Spain (p. 260)
North Africa (p. 271)
The Levant (p. 302)
Asia Minor (p. 325)
Greece (p. 385)

古代ローマの劇場は、闘技場と並んで人気のあった娯楽施設でした。今で言うアミューズメント・パークに近い公共建造物であったように思われます。日常の生活とは異なる体験ができた場であったわけです。
このため、ラテン語でいろいろと書き残されており、キケロやプリニウスなどが当時の劇場について何を記しているのか、そのリストアップも巻末に所収されています。
この種の本の先行研究については、カプートによる論考があります(Caputo 1959)。北アフリカにおける古代ローマの劇場を述べた貴重な研究。今日、入手はかなり難しく思われます。

Oxford Monographs on Classical Archaeologyは、J. J. クールトンやR. R. R. スミスなど、古典建築の研究家たちも編集委員に加わっているモノグラフのシリーズで、建築に関わるものとしてはコンスタンチノープルにおける煉瓦スタンプの集成の2巻本がすでに刊行されています。