家具史に関わるエジプト学者は、実は世界で数名いるに過ぎません。H. S. Baker ベーカーによる古代の家具に関する重要な著作(Baker 1966)が出された後、G. Killen キレンは何冊かの本を出しています(Killen 1980; Killen 2003; Herrmann ed. 1996)が、既往研究を充分に引用していないなどの不手際のため、エジプト学者の間ではあまり信用されていない傾向が見られます。ベーカーもキレンもともに家具職人であって、作り手から見た家具の研究をおこなっています。
一方、エジプト学者の中で家具に興味を抱いている人間としてはH. G. Fischer フィッシャー(cf. Égypte, Afrique & Orient 3 [1996])やM. Eaton-Krauss イートン=クラウスたちが挙げられます(cf. Eaton-Krauss 2008)。フィッシャーは惜しくも数年前に亡くなりました。アメリカのメトロポリタン美術館に所属していた、風変わりな文献学者で、面白い内容の著作をいくつも書きました。建物の扉に関して述べている論文なども残しています。晩年に詩集を出している才人。
Stephan T. A. M. Mols,
Wooden Furniture in Herculaneum: Form, Technique and Function.
Circumvesviana, vol. 2
(J. C. Gieben Publisher, Amsterdam, 1999)
321 p., 201 pls.
古代ローマの家具を扱うこの本が何故注目されるかと言えば、文献への目配りを充分におこない、古代エジプト家具についての素晴らしい短い要約が書かれているからです。W. Helck and E. Otto (eds.), Lexikon der Ägyptologie(cf. LÄ 1975-1992)における「家具」の項目における記述に負けていません。
図版20も注目されます。ものすごく古い報告書、
W. M. Flinders Petrie and Ernest MacKay,
Heliopolis, Kafr Ammar and Shurafa
(London, 1915)
のpls. 24-25を参照したと注記してありますが、実際に両者を見比べたら、まったく違うことに驚かされます。この図版は木工における仕口の図解なのですが、改変して立体的に描写されており、古代の家具に関し、エジプト、ギリシア、そしてローマ時代を通底して、木材加工の変遷を見据えようとする著者の努力が明瞭に伺われます。
家具史の教科書というのは古代エジプトから語り始められますけれども、実は他の地域では出土例が少ないわけで、エジプトはこの点、独壇場です。たくさんの家具が出土しており、また王の家具から労働者の家具まで見つかっているという点で、古代世界においては他に例を見ません。家具の形式を見るならば、その持ち主の社会的な地位を推定することができるほど、エジプト学では家具の出土例が多く見受けられます。
でもそれ故に、客観視できない部分があるのではないかと、本書を読む時には反省を強いられます。
エレファンティネの報告書で明らかなように、第3王朝における建物の天井の梁材を復原する考察もありますが、古代エジプトにおいて、木材がどのように加工されて用いられたのか、その全体像を見ようとするエジプト学の研究者は、未だあらわれていないように見受けられます。
他方、建築から家具に至る分野の横断と、新たな領域の開拓はもしかしたら、日本人にしかできないかも、と期待される部分があります。エジプト学はすでに分野が細分化されており、一方で日本の木材加工の歴史に関する資料は近年、増えているからです。
古代ローマ時代の家具については、新刊が出されています。
Ernesto De Carolis,
Il mobile a Pompei ed Ercolano: Letti tavoli sedie e armadi.
Studia Archaeologica 151
(L'Erma di Bretschneider, Roma, 2007)
260 p.
巻末の30ページにわたる家具の復原図版はCGを用い、モノクロながら興味が惹かれます。
0 件のコメント:
コメントを投稿