2009年4月3日金曜日

Baldwin Smith 1950


ドームに関する研究書ですが、常識を当てにすると裏切られます。世界に名だたるドーム建築はほとんど登場せず、ハギア・ソフィアはちらっと出てくるだけで、図版では1枚だけという扱い。ローマのパンテオンは2箇所で言及されますけれども、図版はありません。フィレンツェの大聖堂に至っては、まったく触れられないというドームの本。

つまり通常の西欧建築史におけるドーム建築の本ではないわけです。
ドームの起源が探索されており、あまり知られていない古代中近東の遺構についての検討をおこなっています。

E. Baldwin Smith,
The Dome: A Study in the History of Ideas.
Princeton Monographs in Art and Archaeology XXV
(Princeton University Press, Princeton, 1950)
x, 164 p., 228 figs.

Contents:
Preface (vii)
I. Domical Origins (p. 3)
II. The Use of the Wooden Dome in the Near East (p. 10)
III. The Masonry Dome and the Mortuary Tradition in Syria and Palestine (p. 45)
IV. Domical Forms and their Ideology (p. 61)
V. Domical Churches: Martyria (p. 95)
VI. The Place of Commemoration (p. 132)
Appendix: Description of the Church of S. Stephen at Gaza by Choricius, Sections 37-46 - Translation and Notes by G. Downey (p. 155)

「ドーム」というのは、半球状のかたちを言い指す言葉ではないという姿勢がはっきりと打ち出されています。構造技術者による見解と歴史学者の見方とが分かれるところ。
家の祖型から出発したドームの展開が述べられており、その展開は構造力学的な、また建造技術の立場から見られたものではありません。

力学的なふるまいから眺めるならば、アーチを連続的に並べたものがヴォールトで、アーチを回転させたものがドームになります。しかし、これは構造力学が成立した19世紀以降の見方というべきものであって、ボールドウィン・スミスはそうした解釈をしません。
この研究は多文化を横断する作業となりますから、労力を伴う仕事。「観念の歴史の研究」という副題が注目されます。アイデアの歴史、着想の歴史というよりも、もう少し広く意味を汲み取って、観念の歴史と訳したい気持ちに駆られます。文化としての建築の存在に光を当てようとする論考で、この時、ドームは或る世界を象徴する「天蓋」へと変貌します。それこそが建築なのだと、著者は主張しています。

ボールドウィン・スミスというこの建築史学者は、かたちの意味に徹底的にこだわった人で、異色の存在。彼の書いた古代エジプト建築の本が見直される所以です。
もちろん個々の情報が古くなっている点は否めませんが、こうした本にあっては思考の跡こそを辿るべきで、間違い探しをしてもあまり意味がない。むしろ何が批判されているかを読み取ることが重要となります。
ドームについて、あるいは建築文化について知っているような顔をするなという強烈な無言のメッセージがあり、忘れ難い書。

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