2017年7月26日水曜日

Killen 2017


Killenはリヴァプール大学で博士号を2012年に取得しました。
意外なことに、タイトルには「家具 Furniture」が含まれず、もっと広い用語の「木工 Woodworking」が使われています。
博士号もエジプト学ではなく、歴史学の分野で博士号を取得したようです。
謝辞の最初には、イアン・ショーの名が掲げられています。

Geoffrey Patrick Killen
Ramesside Woodworking, 2 vols.
Liverpool University, Dissertation, 2012

検索するならば、博士論文の2巻本は入手が可能です。
この博士論文を踏まえた刊行物が、今回紹介する以下の本です。


Geoffrey Killen
Ancient Egyptian Furniture, Vol. III. Ramesside Furniture
Oxford, Oxbow, 2017
xvi, 158 p.

Contents
List of Figures vii
List of Plates ix
Acknowledgements xiii
Abbreviations and Sigla xv

Chapter 1. Deir el-Medhina: A Community of Entrepreneurs? p.1
Chapter 2. An Analysis of Ramesside Furniture Used in Gurob and Memphis p.31
Chapter 3. Remesside Furniture Forms p.43
Chapter 4. Royal and Temple Furniture p.87

Notes p. 99
Appendix A: Remesisde Furniture Types p.103
Appendix B: Furniture Types Illustrated in Ramesside Theba Tombs p.115
Appendix C: Furniture Types Illustrated in Ramesside Memphite Tombs p.137
Appendix D: Distribution of Stool Types by Gender as Illustrated in Private Ramesside Theban Tombs p.141
Appendix E: Distribution List of Replica Wooden Products Manufactured by the Author and Preserved in Museums and Private Collections p.143

Catalogue of Museum Collections p.143
Bibliography p.155


"Abbreviations and Sigla" という章立ては珍しいのですが ,これは♂や♀の記号が文中で用いられているからでしょう。

の方は、古代エジプトの家具に関しては今の時代、第一人者です。
すでにÉgypte, Afrique & Orient 3 (septembre 1996); Killen 1980; Killen 2003などで紹介をしてきました。
この本は、2012年の博士論文の2冊の内容をかなり圧縮して出版されたらしく思われます。

うーん、博士論文と見比べると、もう少し何とかならなかったのかという思いが去来します。
H. G. Fischerの論考に関しては、文献リストの中でLexikon der ÄgyptologyStuhlの項目しか挙げていません。果たしてこれで良いのか? なお、Eaton-Kraussの論考については、3つだけ掲げています。
Killenの博士論文のテーマが「ラメセス期の木工」ですから、仕方がないところもあります。FischerEaton-Krauss両名とも、もっぱら第18王朝の家具に言及していますので。
でも時代が違うからと言って、これまで貴重な意見を述べてきた2人の研究者を蔑ろにして良いのか、という感想が残るわけです。

Killenは古代エジプトの家具に関してたくさん本を出しているのですが、特に中王国時代の椅子の解釈や文献引用の方法に関する大きな誤謬が言語学者のFischerなどによって指摘され、エジプト学の中では何となく信用されなくなっている雰囲気です。だからそれを勘案して修正を施した、これから皆が使える家具に関する本の出版を期待していたのですが、残念です。

世界の美術館・博物館に収蔵されているリストは、既刊のリストで漏れていたものだけを掲載しています。巻末で、8ページにわたってカラー写真を掲載。
何はともあれ、古代エジプト家具を知りたい人にとっては必読書となります。
既刊の第1巻・第2巻とは異なり、ハードカバーの装丁です。

2017年1月5日木曜日

Imhausen 2016


この人の著作については、前にもImhausen 2003などでいくつか言及しました。古代の数学史を専門とする女性の方です。ヒエログリフも楔形文字も、両方読める人。たくさん執筆しています。

Annette Imhausen
Mathematics in Ancient Egypt: A Contextual History.
Princeton and Oxford, Princeton University Press, 2016.
xi, 233p.

廉価版の電子体も広く出回っているようですが、本当に読もうと思っておられる方には、是非とも冊子体の御購入をお勧め致します。この分野の全般を客観的に見渡している最良の書です。アマゾンの「なか見!検索」で、目次の他、内容の概要を見ることが可能です。
表紙が中王国時代の穀物倉庫の模型、というのも示唆的です。穀物を家屋内に持ち込んでいる労働者の他に、座って数量を書き込んでいる書記たちの姿が見られます。ちゃんと膝の上に筆箱(パレット)を置いているのが面白い。
この家屋の模型における戸口の両脇と上框が赤く塗られている表現は貴重。家の戸口は木で作られていたことを伝えています。社会的身分の高い者の家の戸口では石材も用いられましたが、多くは石灰岩や砂岩です。戸口の下は白く塗られており、敷石があったことを示しています。壁体はもちろん、泥煉瓦造であったはずです。四隅の上部が三角形に尖っている点も注目されます。
こういうことを詳しく書いている論考は、あまり見当たりません。この種の分野の主著であるH. E. Winlock, Models of Daily Life in Ancient Egypt: From the tomb of Mekhet-Re' at Thebes. NY, MMA, 1955は今、幸いにもPDFがダウンロードできるようになりました。


さて、中王国時代の模型の家屋の内部には独立柱が一本もありません。注意されるべき点です。専門家はこのように、本を見る時には「何が書かれているか」を読むのではなく、逆に「何が書かれていないか」を集中して見ます。これは恩師・渡辺保忠の教えでした。
古代エジプトの柱については、

Yoshifumi Yasuoka
Untersuchungen zu den Altägyptischen Säulen als Spiegel der Architekturphilosophie der Ägypter.
Quellen und Interpretationen- AltÄgypten (QUIA), Band 2.
Hützel, Backe-Verlag, 2016
が出版され、これまでの事情が一変しました。彼はBiOr (Bibliotheca Orientalis)という専門誌において、建築に関連する書物の目覚ましい書評を次々に書いていたため、良く知られていた人です。この本の内容の充実さに匹敵する類書としては唯一、L. Borchardt, Die aegyptische Pflanzensäule, Berlin 1897だけが挙げられるかと思われます。古代ギリシャの柱との関連、すなわち「オーダー」の初源の姿も示唆しており、素晴らしい。古代ギリシャ建築の碩学であるJ. J. クールトンも扱うことができなかったトピックです。
古代エジプトの柱については、素人が柱の写真集を出したりもしていますが、史料的な価値に乏しく、領野内での評価は思わしくありません。

数学と建築学との間には、接点がないこともありません。古代における大きな造形物がテーマとなった場合、これをどのように設計したかが絶えず問題となります。計画の過程を示すようなものが文章として残される場合があって、特にこれが算術の問題として記されると、数学史の分野では大きく注目されるわけです。書記の養成を目的として、こうした問題は史料としていくらか残されており、リンド数学パピルス、モスクワ数学パピルス、また中王国時代のパピルスなどが知られています。今後、末期王朝以降のパピルスも問題となってくるでしょう。

逆に、建築史の世界で注目されるような単なる寸法指定のテキストは、その記録がいくら古くても数学史の世界ではほとんど取り扱われません。また数学史の領野で古代エジプトの分数の表記の特殊性が強調されても、建築史の専門家たちは関心を寄せないであろうと感じられます。何故なら建築の世界では、当時のキュービット尺のものさしをどのように自在に扱ったかが、より重要であるからです。
他方で、近年では3Dスキャナによる測量を含めた最新の科学方法を競う世界が飛躍的に展開されています。
たぶん、この3つの学的領域で各々、重ならないようで重なっている項目を具体的に挙げていくと、相互の関心の度合いが見えてきて、面白い成果があらわれるのではないかと思います。
お互いの盲点が明瞭となるはずです。

Michel 2014との比較も、たいへん興味深いところです。
不満があるとするならば、大きな枠組の外へ踏み出そうとしていない点でしょうか。
でも、平易な書き方で全体を網羅しており、きわめて重要です。Architectural Calculationという項目がp.112以降に書かれており、またp.170以降にはMathematics in Architecture and Artという項目が見られます。
古代エジプト建築に携わる人間であれば、目を通しておくべき必読書となっています。