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2014年5月22日木曜日

Caramello 2013


古代エジプトの第18王朝末、複数の王に仕えた建築家カー(Kha)とその妻メリト(MeritもしくはMeryt)の墓TT8は、20世紀初頭にE. スキアパレッリにより未盗掘の状態で発見されました(cf. Schiaparelli 1927; Moiso (ed.) 2008; Vassilika 2010)。
現在、トリノのエジプト博物館で専用の部屋が用意されており、そこでカーとメリトの墓に収蔵されていた品々を見ることができます。

トリノのエジプト博物館は、収蔵点数で言えばカイロ・考古学博物館に次いで世界第二位と言われますが、現在は増床の工事が行われているため、収蔵品を丁寧に見たい方は、完成予定の2015年を迎えてから訪れるのが良いかもしれません。
カーとメリトの遺物はおびただしく(Russo 2012)、注目すべき家具類が多数含まれていますが、ここでは衣装箱などに記された文字のみに注目しています。
カーとメリトに的を絞った考察としては、おそらく最新の考察です。

Sara Caramello,
"Funny Inscriptions on Some Coffers of the Tomb of Kha,"
in Alessandro Mengozzi and Mauro Tosco (eds.),
Sounds and Words through the Ages: Afroasiatic Studies from Turin.
StudiUm DOST (Studi Umanistici, Department of Oriental Studies of the University of Turin) Critical Studies 14,
Alessandria, Edizioni dell'Orso, 2013,
pp. 283-292, including 4 photos.

出版社のあるアレッサンドリアという町は、トリノから30キロぐらい離れたところに位置します。
昔はイタリアで出版された專門書籍を入手するのが実に困難で、日本ではイタリア書房文流など、限られた店を通じておこなうしかありませんでした。近年、イタリアのアマゾンができたことでずいぶん変わりましたが、今、この本を Amazon.it で検索しても出てこないようです。

編著者のひとりがacademia.eduを用いて表紙と目次、及び前書きを公開していますので、目次をここでタイピングする代わりに、そのURLを提示することにします。

https://www.academia.edu/3608599/Sounds_and_Words_through_the_Ages_Afroasiatic_Studies_from_Turin

今、卒業論文の執筆において海外文献を扱うことを強いられている学生さんの中で、最先端の情報が欲しい場合は、とりあえずこのacademia.eduに登録することによってダウンロードできる論文があるかもしれません。
academia.eduというのは、学者たちが参加している内輪のSNSです。ここでは研究者たちが自分の書いた論文をPDFファイルにしてアップロードしている場合があり、読みたいものが見つかることもあります。

カーとメリトの墓からは大小を取り混ぜると数十の箱が見つかっていて、多くが衣装箱なのですが、奥さんのメリトが使っていた大型の化粧箱や、1メートル以上の高さを持つ稀有の鬘(かつら)箱といったものも混ざっています。

最大の木製の箱は、神殿のかたちをした棺です。身分が上の人になると、棺が入れ子状になっていて数がひとつではないんですが、小さな方は人型棺と呼ばれるかたちとなっており、箱とはちょっとみなし難い。
さて棺の場合、生きている時に使うことはあり得ません。だから墓から見つかった棺で良く問われるのは、「それが本当にその人のために用意されたのか、それとも最初は他人のために用意されたものを流用したのか」、ということです。ツタンカーメン王の遺品の中で、この点がしばしば討議されているのは有名。
最初はそういうことを疑うことをしなかったんですが、ひとのものを流用する例が知られてからというもの、エジプト学ではこういうことに対して敏感になりました。
棺というのは、墓への副葬品として新たに作られるものの部類に入ります。その他方で、棺以外に、亡くなった者を悼むために新しく作られる副葬品もありました。

カーとメリトの箱では、棺の場合とは異なり、もうひとつ質問が増えることとなっていて、「これらの箱のうち、実際に生活で使っていた箱はどれなのか、また副葬品として墓に納める際に、どのような装飾の変更をおこなったのか」ということが問われています。これを真正面から考えようとしたのはE. Vassilikaで、生活で使っていた衣装箱だと考える時、切妻型の蓋がある箱は積み重ねることができない欠点がある、などと面白い発想が書かれていますが、この「生者の箱」と「死者の箱」との見きわめがけっこう難しい。
その場合には、「開け閉めする部分がすり減っている」といったところに注目して考察を進めたりします。Égypte, Afrique & Orient 3 (1996)においてLoebenがそうした観察をしています。「眼力」、という言葉が改めて思い浮かぶ、熟練が必要とされる世界です。
下書き線や塗り直しの跡、もとは描かれていた画像を抹消した証拠などをエジプト学者たちはくまなく探すわけで、箱を見る面白さは、こういうところにも存在します。

もうひとつ手がかりがあるとするならば、箱が開かないようにする工夫で、紐で縛ったところに封泥を施すという方法もありましたが、もっと手の込んだ方法があって、閉めたら二度と開かないというカギを箱に仕込んでいる場合がうかがわれます。

「二度と開かない」というのは言い過ぎかもしれません。と言うのは、上下を逆さまにして強く揺り動かすことによって、箱を再び開けることができるからです。
けれども日常にあって、蓋を開ける際に毎回、そんな面倒なことが強いられるとは思えませんから、やはりこのカギは、墓へ副葬品として収められる際に付加されたものと考えるのが自然です。
ところがこのカギの形式がさまざまにあるわけで、副葬品を揃える段には、たぶん複数の木工職人に依頼されたのではないでしょうか。

Caramelloは新王国時代のヒエラティックを專門とする読み手というわけではなく、だから時として彼女の論考には引っかかる点もあるのですが、整理が初期の段階にあるということは本人も結論において述べています。
どうして副葬品に新しく加えられる文が統一されていないのか、ということが、近代人にとっては疑問となるかもしれません。けれどもここには遺品ごとに知恵を絞らなければならなかった事情があり、文字を記すべきそれぞれの箱では、空白の長さや幅も考慮しなければなりませんでした。それらの工夫の痕跡を細かく追うことが求められています。

テーベのデル・エル=メディーナ(ディール・アル=マディーナ)や王家の谷から出土した、石灰石片(オストラカ)にヒエラティックで記された文字史料は、新王国時代の経済活動や労働者組織の研究に大きな恩恵をもたらしていますが、これらの多くはラメセス時代と言われる第19〜20王朝に属しており、このうちでも最も統治が長かったはずのラメセス2世時代のオストラカが意外に少ないこと、また第18王朝末期の史料が未だ詳しく明らかにされていないことが指摘されています。
第18王朝末期時代と第19王朝時代以降とを分けて考えなければなりません。

テーベの労働者組織についてある程度解明されているとしても、同時代の上エジプトで同じ労働者組織があったかどうかも、ほとんど論議されていません。
古代エジプトにおける3000年間で詳しく分かっているのが下エジプトのテーベの例だけしかないので、これを参考としてピラミッド時代にまで労働者組織の話を援用するという方法も採られています。
この時に重視されているのは、「時代を問わずに共通する建造の手順」、ということになります。でもこの点は、建築の専門家によってまだ充分に吟味されていません。

文字史料でのこの断絶を架橋しようとしてTosi 1999Menu (ed.)  2010などで見られる論考がなされていると捉えることもできます。
第18王朝末期のカーとメリトの豊富な遺品に関する諸史料の記録に関し、さらなる充実が願われる所以です。

2014年5月15日木曜日

El Gabry 2014


早稲田大学の河合望さんから教えていただいた本。
ジョンズ・ホプキンズ大学に提出された博士論文をもとにして出版された書です。著者は現在、ヘルワン大学の准教授。
BARのシリーズについては以前、Lander 1984や、BAR (Breasted, Ancient Records) 1906-1907などで触れました。今年、BARは40周年記念とのことです。膨大な数の本が出版されています。

Dina El Gabry,
Chairs, Stools, and Footstools in the New Kingdom: Production, typology, and social analysis.
BAR (British Archaeological Reports) International Series 2593,
Oxford, Archaeopress, 2014.
xix, 243 p., including 247 figs.


Table of Contents:
List of Figures (iv)
Foreword (xix)
Introduction (p. 1)

Chapter I  Woodworking Process and Techniques in Manufacturing Chairs and Stools (p. 3)
I Tools (p. 4)
II Materials (p. 13)
III Woodworking Process (p. 21)

Chapter II  Description of the Chairs, Stools, and Other Related Pieces and Fragments Preserved in the Cairo Museum (p. 31)
I Collection Excavated by Bruyère at Deir el Medina (p. 31)
II Collection from the Tomb of Amenhotep II (p. 32)
III Pedestals from the Tomb of Thutmose IV (p. 34)
IV Collection from the Tomb of Yuya and Tuya (p. 34)
V Collection from Tell El-Amarna (p. 36)
VI Collection from the Tomb of Horemheb (p. 37)
VII Collection from the Tomb of Sennedjem (p. 37)
VIII Inscribed Collection (p. 41)
IX Collection with Known Provenance (p. 45)
X Collection with Unknown Provenance (p. 52)
XI Elbow Braces (p. 60)
XII Legs (p. 61)

Chapter III  Two-dimensional Scenes: Symbolism, Usage, and Comparison with Sculpture (p. 69)
I Elongated Chair and Symbolism (p. 69)
II Circumstances and Social Context of Using Chairs and Stools (p. 74)

Chapter IV  Lexicography and Typology (p. 80)
I A Lexicographical Discussion of Chairs, Stools and Footstools in the New Kingdom (p. 80)
II Typology of Chairs and Stools in the New Kingdom (p. 87)

Conclusions (p. 92)
List of Abbreviations (p. 94)
Bibliography (p. 96)
Figures (p. 117)

カイロのエジプト博物館にどのような家具が所蔵されているのかが初めて明らかとなっており、非常に興味深い内容となっています。

"Of the chairs and stools he (=Geoffrey Killen) discusses, those preserved in the Cairo Museum belong to the royal sphere, mainly Hetepheres (Dynasty 4) and Tutankhamun (Dynasty 18), and are not included in this book."
(p. 1)

と序章で述べている通り、ツタンカーメン(Tutankhamun)の家具については何も述べていません。
でもどのような家具の断片を有しているのかが分かり、また冒頭の謝辞でM. Eaton-Kraussの名が挙げられていることから、家具研究の最先端の状況がこの論考にはかなりの程度反映されていると考えられるわけです。
巻末には参考文献が400タイトル以上、挙げられています。

カイロ・エジプト博物館の各々の家具の図面がまったく掲載されていない点は惜しまれるところ。けれども家具が登場する壁画を集成している章は有用です。

家具に関する専門用語を述べた章では、情報が錯綜していた語、isbtisbwt)がやはり大きく取り上げられています。この語に関しては以前、Janssen 2009で触れました。Eaton-Kraussが議論に関わっていますから当然、話が詳しくなっています。もともと高貴な者だけが使うことが許された折り畳み椅子についてはWanscher 1980が基本文献となりますけれど、El Gabryの本でも「男が座るものなのだ」と明言されている(p. 82)のが面白い。

結論で言われている

"I hope that my study of the collections in the Cairo Museum will encourage other scholars to publish all the objects, and especially the fragments preserved in other museums. Our picture is still incomplete and we only know about the famous chairs and stools that are usually discussed in entries about furniture in general. (...) Complete pieces are useful in iconography and symbolism, in the case of royal specimens, but for technical information, we need the fragments."
(p. 93)

という部分は、家具研究家が共通して抱えている問題認識だと言えそうです。

2014年5月10日土曜日

De Bruyne 1982


オランダの美術館が企画した展覧会「古代エジプト家具芸術のかたちと幾何学」のカタログ。
M. Eaton-Kraussは古代エジプト家具の専門家でもあり、彼女の執筆によるJEAに掲載された家具に関する論文の註によってこの本の存在を知りましたが、ようやく入手することができました。ツタンカーメン研究でも広く知られているEaton-Kraussの家具に関する論考については、Eaton-Krauss and Graefe 1985や、Eaton-Krauss 2008を参照。

De Bruyneによるこのカタログは、ほぼ真四角の本で、図版はすべてモノクロです。
地方の美術館・博物館で企画された展覧会のカタログは、日本で入手しようと思うと困難が待ち受けています。Vogelsang-EastwoodによるTutankhamun's Wardrobeなども、日本に何冊入っているのか、良く分かりません。
エジプト学に関する海外書籍の入手方法を、かつては偉そうにサイトを作って書いたこともありましたけれども、インターネットの急速な発展に伴い、すぐに古びてしまいました。

オランダの展覧会は、非常に意欲的なものであったことが以下の目次の構成からも了解されます。

Pieter De Bruyne
Vorm en Geometrie in de Oud-Egyptische meubelkunst
Gent, Gent-Museum, 1982.
108 p., 26 plates, 60 figures.

Woord vooraf: 
De Egyptische "Canon" (p. 4)
Erkentelijkheid (p. 5)

0  Inleiding (p. 6)
1  De ontledingen (p. 8)
2  Konstruktieprincipes (p. 10)
3  Vorm en symbool (p. 13)
4  Vorm en ethiek (p. 13)
5  Middelen (p. 14)
6  De analysen (p. 15)
7  KIST. esdoorn, wit geschilderd met opschriften (p. 15)
8  Laag krukje, geschilderd hout (p. 20)
9  Zitting van laag krukje, geschilderd hout (p. 26)
10  Tafel hout (p. 29)
11  Kistje, geschilderd hout (p. 36)
12  STOEL, palmhout en Acacia (p. 40)
13  STOEL, Hout met inlegwerk in ivoor (p. 44)
14  PIEDESTAL, hout, geschilderd (p. 50)
15  Vergelijking met aanpalende kulturen (p. 60)
16  Het meubel en de canon (p. 66)
17  Voorlopige besluiten (p. 70)
18  TOILETKISTJE van KEMEN, cederhout, ebbenhout en ivoor en zilver beslag (p. 70)
19  De diagonalen en de maatvoering (p. 75)
20  Het meetkundig schema en de praktijk (p. 75)
21  Het egyptische meubel, situering en betekenis (p. 79)
22  Nawoord (p. 82)

Voetnota's (p. 83)

English summary (p. 85)

内容はきわめて刺激的です。分析図は多く掲載されており、また幾何学形態の模型を同時に提示しているのも面白い。家具で見られる各種の勾配がどのように定められたのかを追究している図に、もっとも惹かれます。
巻末に英文の要約が掲載されており、オランダ語で書かれている内容の概要を把握することが可能。ただ部分的に意味が不明な記述もうかがわれ、

"Illustration 3 shows, in comparison with the aforementioned royal cubit, the six-part cubit, in which 1 palm=0.0875 m; this revised unit measure was introduced at the beginning of the 16th century."
(p. 92)

と明らかにおかしい時代となっているので原文を確かめると、"begin van de XXVIo dynasty" (p. 14) と書かれており、この記述であるならば納得するわけです。

現代においては良く知られている幾何学的な分割方法が、どこまで古代エジプト人に知られていたのか、これがカギとなるわけですが、個人的には後半の論理の展開には無理があるように感じています。しかし、冒頭において"Grenzen van het onderzoek (Limits of the study)" (p. 7) の項目を設けている点は注目されるべきで、この慎重な態度にまずは注目したいと思います。参考文献のページは、さほど充実していません。プラトンの「対話篇」が引用されているのが興味深く思えます。
古代エジプト家具の設計過程を考える上で、重要な書となります。著者は1931年生まれ。


2012年9月25日火曜日

Vogelsang-Eastwood 1999


歴史上からその名前が抹殺されていた少年王ツタンカーメン(トゥトアンクアメン)の墓が、かつては細々と水彩画の模写をエジプトで続けたりしていたハワード・カーターによって発見されたのが1922年。今年は発見90周年ということになりますでしょうか。
ツタンカーメンの墓から出土した膨大な量の多様な遺物については、楽器、ゲーム盤、模型の船といったように、品目ごとに報告書がイギリス・オクスフォードのグリフィス研究所 Griffith Institute より少しずつ出版されていて、それらの本の総リストは

http://www.griffith.ox.ac.uk/gri/5publ.html

のページにて見ることができます。Tutankhamun's Tomb Series (TTS)として良く知られているものの他に、グリフィス研究所からはツタンカーメン関連の報告書6冊がこれまで上梓されており、いずれも専門家の間ではしばしば引用されている刊行物。
H. Beinrich und M. Sarah, Corpus der hieroglyphischen Inschriften aus dem Grab des Tutanchamun(Oxford, 1989. ドイツ語の本なので「ツタンカーメン」の綴りが英語と異なります)はツタンカーメンの遺物に記されているヒエログリフのすべてを集成した本ですが、この墓から見つかったヒエラティックで書かれた文字資料については、Černý(cf. Černý 1973)が別の集成を出版(J. Černý, Hieratic Inscriptions from the Tomb of Tutankhamun, Oxford, 1965)。この2冊を持っていれば、ツタンカーメンの墓の遺物に書かれていた文字をとりあえずすべて網羅することになります。「とりあえず」、というのは他に記号の類があるからで、組み立て式の祠堂では部材のどことどことが接合されるのかが記号で示してありました。
ツタンカーメンの墓から見つかった遺物を対象としたグリフィス研究所による報告書の中での最新刊はEaton-Krauss 2008で、そこではツタンカーメンの玉座や腰掛けなどが扱われています。グリフィス研究所とは異なった出版社から2010年に刊行されたツタンカーメンの履物の報告書に関しては後述。

この墓に納められていた衣類に関しては、しかしながら未だ刊行がなされていません。従って、1999年から2011年にかけて欧米を巡回した下記の展覧会「ツタンカーメンの衣装 Tutankhamun's Wardrobe」展のカタログが重要になってくるわけです。薄いカタログですけれども、カラー写真や着衣の状態の復元図も納められており、貴重。衣服がたたまれて入っている衣装箱の様子を真上から撮影した写真も掲載されていますから、古代エジプトの家具を知りたい人間にとっても有用な本となります。

G. M. Vogelsang-Eastwood,
illustrations by Martin Hense and Kelvin Wilson,
[with contributions by J. Fletcher and W. Wendrich],
Tutankhamun's Wardrobe: Garments from the Tomb of Tutankhamun
(Barjesteh van Waalwijk van Doorn: Rotterdam, 1999)
[115] p.
http://www.tutankhamuns-wardrobe.com/

Table of contents:

Preface (p.4)

1. Tutankhamun (p.6)
2. Materials and decoration (p. 20)
3. Birds, beasts and plants on Tutankhamun's clothing (p.32)
4. Tutankhamun's Egyptian style garments (p.46)
5. Tutankhamun's foreign garments (p.78)
6. The king's wardrobe (p.92)

Bibliography (p.112)

この展覧会カタログの中では、J. Fletcherがツタンカーメンの鬘(かつら)箱について("The king's wig and wig box", pp.67-8)、またW. WendrichVogelsang-Eastwoodと共著で履物(サンダル)について("The king's footwear", pp.68-77)短く書いています。なおツタンカーメンの履物(サンダル)を報告したものはA. J. Veldmeijer(cf. Veldmeijer 2009)により、Tutankhamun's Footwear: Studies of Ancient Egyptian Footwearという題で2010年に出版されました。VeldmeijerAncient Egyptian Leatherwork and Footwearというページを運営していて、活発な研究成果をそこでつぶさに見ることができます。

Vogelsang-Eastwoodについては、Kemp and Vogelsang-Eastwood 2001で触れたことがありました。この人は今日において古代エジプトの衣服を詳しく知っているほとんど唯一の専門家と言って良く、

Gillian Vogelsang-Eastwood,
Pharaonic Egyptian Clothing.
Studies in Textile and Costume History II
(E. J. Brill: Leiden, 1993)
xxiii, 195 p., 44 plates.

という書籍を執筆しています。近年では類例が見られない書。古代エジプトではいったいどのような衣服が作られ、また当時の人々はどのような服装で着飾っていたのかを知る上で、第一に基本となる重要な本です。
古代エジプト学における服装の美術史学的な分析は進展しており、編年も確立されつつあるのですが、これは彫像や壁画などの資料に彫出あるいは描写された着衣の観察に基づく論考が主であって、実際に出土した衣類との整合性を検討する研究者はそれほど多くいないと思われます。J. J. Janssenによるラメセス時代のディール・アル=マディーナ(デル・エル=メディーナ)における衣服の値段(価格)の考察については、Kemp and Vogelsang-Eastwood 2001にて記しました。

Tutankhamun's Wardrobeでは、通常の男性の体型とツタンカーメン王の体型とを比較した図(Fig.1:11, p. 19)なども載っていますから、人体と衣服との関連に興味のある方には役立つはず。
サッシュ(飾り帯)やチュニックの簡単な型紙も小さく紹介されていますので、器用な方はこれを見て、新王国時代の衣服を自分で作ることもできるかと思われます。「装飾」の項では、エジプト禿鷲の姿であらわされるネクベト女神像についても若干述べられています(pp.34-36)。
オランダにおける古代エジプト研究の長い歴史が改めて示唆される刊行物のひとつで、目立たない冊子でありながら、誰も手をつけていない分野がどのように開拓されるかを如実に示している好著。ツタンカーメンの衣服に関して詳しく述べている本は他にありません。

2012年9月23日日曜日

Égypte, Afrique & Orient 3 (septembre 1996)


Égypte, Afrique & Orienthttp://www.revue-egypte.net/)はフランスのアヴィニョンから年に4回刊行されている雑誌。毎号のテーマを決めて少数の書き手により紙面を埋める構成を取ることが多く、最近の特集の中では第64号(2011-2012年)の「古代エジプトの船と航海 Les bâteaux et la navigation en Égypte ancienne [I]」などが目を惹きます。海洋を通じた交易とこれに伴う船舶に関してはJournal of Ancient Egyptian Interconnections (JAEI) 2:3 (August 2010)において、"Special Maritime Interconnections Issue"と題した特集が組まれました。またBritish Museum Studies in Ancient Egypt and Sudan (BMSAES) 18 (August 2012)でも、"Mariners and Traders"、"Egypt's Trade with Punt"と題された特集号を刊行。古代エジプトの船については近年、新たな情報が増えつつあり、第1王朝のデン王時代の木造船の出土は2012年7月のニュースでも報じられたところ。
船に関しては、これまでの成果を簡便にまとめ、特に中王国時代の資料を充実させた最新刊である

Michael Allen Stephens,
A Categorisation and Examination of Egyptian Ships and Boats from the Rise of the Old to the End of the Middle Kingdoms.
BAR International Series 2358
(Archaeopress: Oxford, 2012)
vi, 220 p.

も出ている模様です。

Égypte, Afrique & Orientは一般向けとは言え、カラー写真も組み込まれ、また世に知られている学者たちが執筆しているので資料的な価値が高く、それ故にオクスフォードのグリフィス研究所ではポーター&モス(cf. Porter and Moss, 8 vols.)を編纂するための予備作業として、この雑誌に掲載されている遺物の総リストを作成したりしているのでしょう(cf. http://www.griffith.ox.ac.uk/gri/3Egypte_Afrique_&_Orient.pdf)。
ここではÉgypte, Afrique & Orientの、古代エジプト家具の特集号を掲げます。

Égypte, Afrique & Orient 3 (septembre 1996)
Les meubles des Anciens égyptiens

Sommaire

Geoffrey Killen: "Le travail du bois et ses techniques dans l'Égypte ancienne",
traduit de l'anglais par Anne Berthoin-Mathieu (pp. 2-7).

Jean-Luc Bovot: "Les meubles égyptiens du musée du Louvre" (pp. 8-13).

Enrichetta Leospo: "Les meubles égyptiens. Les styles de l'Ancien au Nouvel Empire. Tendances et innovations",
traduit de l'italien par Jean Bruguier (pp. 14-19).

Christian E. Loeben: "La fonction funéraire des meubles égyptiens",
traduit de l'allemand par Nathalie Baum (pp. 20-27).

4人の執筆者のうち、フランス語で書いているのはたったひとりだけで、あとは英語、イタリア語、ドイツ語で書いてもらった原稿を仏訳して載せています。どの人もかなり有名。Loebenの原稿をフランス語に訳したBaumは、

Nathalie Baum,
Arbres et arbustes de l'Égypte ancienne:
La liste de la tombe thébaine d'Ineni (No 81).
Orientalia Lovaniensia Analecta (OLA) 31
(Leuven, 1988)
xx, 381 p.

を出しています。
最初の書き手については前にも何回か触れました(Killen 1980; Killen 2003; Herrmann ed. 1996)。現在はラメセス期の家具に関してまとめをおこなっているようです。木工技術についての紹介。
2番目の人は古代エジプト美術の解説書を執筆している他、ルーヴル美術館のサイトでは作品の解説文も手がけている研究者。ルーヴル美術館に収蔵されている良質の家具を、たくさん取り上げている点が注目されます。
3番目のレオスポについては、Leospo 2001などを参照。トリノ・エジプト博物館の遺物を交え、新王国時代の家具の様式を概観しています。家具の様式についてはH.G. Fischer(cf. Fischer 1996)が著した「4つの講義録」、L'écriture et l'art de l'Égypte ancienne: Quatre leçons sur la paléographie et l'épigraphie pharaoniques (Paris, 1986)の中で重要なことが述べられており(Leçon IV: Les meubles égyptiens, pp. 169-240)、その線に沿って語られている論考。
レーベンはテーベ西岸の「王妃の谷」の研究等で知られていますが、この知見を生かし、「死者の書」でうかがわれる記述と副葬品としての家具との関連を最初に述べ、墓の中に副葬品として納められる家具の役割を語っています。ツタンカーメンの家具も取り上げられていて、面白い見方が展開されています。開け閉めで用いる部分のすり減っている度合いから、王宮内で使われていた家具であろうと判断するなど、観察が詳細で非常に鋭い。

この雑誌は古い号の入手が難しく、エジプト学の書だけを専門とする特異なフランスの古書店Librairie Cybeleを通じても品切の状態がずっと続いています。

2012年4月2日月曜日

Tosi 1999


古代エジプトにおける貴族墓に収められた数々の副葬品の量と質によって、彼らが当時占めていた社会的な地位の高さが推し量れるのではないかという論議は昔からありましたけれども、それを数理学的に扱えないかという問いがあって、その土台を構築したのがJ. Janssenの主著。
Janssen 1975については、すでに別の項にて触れたことがありました(Janssen 2009)。ここで再び挙げておきます。
Janssenは惜しくも近年亡くなりましたが、J. Cernyによる研究のモティーフを正しく継承し、「メディーナ学」とも言うべき分野を新しく打ち立てた人。ディール・アル=マディーナ(デル・エル=メディーナ)と呼ばれるこの小さな村落の様態を対象として、古代エジプト人の生活の解明に人生を捧げた研究者でした。
CernyJanssenの両名が成し遂げた仕事の重要性は、これから後、さらに深く討議されることとなるように思われます。

Jac. J. Janssen,
Commodity Prices from the Ramessid Period:
An Economic Study of the Village of Necropolis Workmen at Thebes

(E. J. Brill, Leiden, 1975)
xxvi, 601 p.

例えばテーベの新王国時代の貴族墓において、家具や「死者の書」のパピルスが収められていたならば、それは社会的に、より地位が高かった証拠とみなされています。これは特定の物品の有無、あるいはそれらの個数によっての判断。
一方でラメセス時代を主としたテーベにおける物品の相対的な「価値」というものが上述したJanssenの著書によって判明していますので、これに基づいて墓に収められた一切の副葬品の、おおよその「価値」を求めることが可能となります。石灰岩片に記された多数の文字資料(オストラカ)の読解によって、このことが明らかになりました。

ここで注意すべきは、「デベン deben」として示される価値が新王国時代末期のテーベ、もっと正確に言うと、ディール・アル=マディーナという狭い村の中でのみでしか認められないという制約がある点で、これを他の時代、あるいは同時代の他地域に拡張し、ものごとを言うことは困難です。
「貨幣の成立」という、世界史における大きな問題に対し、この事象がどこまで関わるのかについては、B. J. Kempによる主著の初版が刊行された際にJanssenが書評で要点を述べているはず。
ここには当時良く読まれたポランニーなどの考え方も関わっており、今後も検討が重ねられるかと思います。

Janssenの考えを受け、当時の副葬品の価値を「数値」として換算し、墓内における品々全部の価値を導こうとした論文が後代に出ること自体は不思議ではありませんでしたが、M. TosiL. Meskellの二人が、ほとんど同じ時期に建築家カーとその妻メリトの墓(TT 8)の副葬品の総価値について発表をおこなっているというのがとても面白い。またその副葬品の、細かい扱いが異なっているのが注目されるべきところ。
何故、カーとメリトという夫妻の墓が選ばれているのか、こういった点にもこの墓の重要性があらわれています。

Mario Tosi,
"Il valore in "denaro" di un corredo sepolcrale dell'antico Egitto",
Aegyptus: Rivista italiana di egittologia e di papyrologia 79 (1999),
pp. 19-29.

Lynn Meskell,
"Intimate archaeologies: the case of Kha and Merit",
World Archaeology 29:3 (1998),
pp. 363-379.

M. Tosiの方がTT 8の副葬品に関する「デベン」の換算をより詳しく表にして記しているので、ここでは彼の論考を当ブログの主題として掲げましたが、二人とも同時期に執筆している論文であるため、当然のことながら参考文献の欄ではお互いの論考をリストアップしていません。これをすれ違っていると見るか、それとも同じモティーフを同時期、知らずに追っていたと見るべきか。
Meskellが書いた本に関しては、前に述べたことがありました(Meskell 2002)。

Menu (2010)のところで挙げたように、第18王朝末におけるオストラカに関しては未だ資料の公開が充分におこなわれていないという難点が指摘されています。近年のDemaréeの論考が重要で、第18王朝末を生きたカーとメリトの副葬品のデベンへの換算に慎重さが必要である所以。
つまり第18王朝末期と第19・20王朝とでは様相が異なる、という含意がうかがわれます。

Robert J. Demarée,
"The Organization of Labour among the Royal Necropolis Workmen of Deir al-Medina:
A Preliminary Update,"
in B. Menu ed., L'organisation du travail en Égypte ancienne et en Mésopotamie:
Colloque AIDEA, Nice 4-5 octobre 2004
(Le Caire, Institut Français d'Archéologie Orientale, 2010),
pp. 185-192.

カー(Kha)とその妻メリト(Merit, or Meryt)の墓における木製遺品の中で、大きなものとしては橇に載せられた木棺や寝台、また墓の入口の扉などがまず挙げられるでしょうか。
その次にはメリトの鬘(かつら)箱といった、非常に特殊でとても大きな木製の箱が注目されるはず。
「デベン」に換算するならば、この特別な鬘箱が一体どのくらいの価値になるのかどうか。こういった問題は、しかし二人とも回避しているように思われます。その点に興味がつのります。

メリトの鬘箱に関する実測調査の結果については以下を参照。

西本直子
「メリトの鬘箱(Inv.S.8493、トリノ博物館蔵)について」、
武蔵野大学環境研究所紀要 No. 1 (2012) [ISSN 2186-6422],

2010年11月30日火曜日

Vassilika 2010


トリノのエジプト博物館へ2年ぶりに行ってみたら、建築家カーとその奥さんのメリトの墓(TT 8)から出土した遺品の展示室が、何倍も大きい別の広間へと移動していました。この夫妻、新王国時代の第18王朝末を生きた上流階級の者たちです。たくさんの家具類が見つかったことで、古代家具史の世界では有名な存在。ディール・アル=マディーナ(デル・エル=メディーナ)に残る墓では、地上に立てられたピラミディオンを見ることができ、塞がれた戸口上部を金網越しに覗き込むと、ピラミディオン内に造られた小さな部屋のヴォールト天井の彩色も見られるはず。
新しい展示室のパノラマ写真は、トリノ・エジプト博物館のHP、

http://www.museoegizio.it/pages/hp_en.jsp

にて見ることができます。
Flickr-Photo Sharingなどで"Tomb of Kha"等を検索するならばいろいろ出てくるとは思いますが、説明がきわめて不正確であるため、具体的に引用しません。

カーとメリトに関する遺物展示の模様替えについてはすでに、2008年におこなわれた第10回国際エジプト学者大会(ICE)の発表で予告されていましたけれども、これほど大がかりなものとは予想していませんでした。トリノ・エジプト博物館がカーとメリトの遺物を、非常に重要なものとして位置づけていることが分かります。館長が交代し、新しい展示方法が積極的に模索されています。
木製の扉の裏面が、しかしここでもやはり、きわめて見にくい点は建築関係者として残念。
なお、第10回のICEにおける予稿集は自由に見ることができます。

http://www.rhodes.aegean.gr/tms/XICE%20Abstract%20book.pdf

これに合わせて、一般向けに書かれたカーの本も刊行。英語版の他に、イタリア語版、フランス語版も同時に出ています。綺麗なカラー写真が豊富に収録されており、代表的な遺物を紹介。
ミュージアム・ショップでは、カーの折り畳みキュービット尺(ものさし)の木製レプリカが販売されていました。オリジナル通り、革袋つきで販売されている点は、少数の専門家に感涙を流させます。

Eleni Vassilika,
The Tomb of Kha: The Architect
(Fondazione Museo delle Antichità Egizie, Torino / Scala group, Firenze, 2010)
111 p.

Contents:

Introduction (p. 7)
CATALOGUE (p. 29)
Stele of Kha (p. 31)
Outer Coffin of Merit (p. 33)
Inner Coffin of Merit (p. 35)
Funerary Mask of Merit (p. 41)
Merit's Beauty Case (p. 45)
Merit's Wig and Wig Box (p. 51)
Merit's Bed (p. 54)
Kha's High-backed Chair (p. 58)
The Coffins of Kha (p. 64)
The Book of the Dead (p. 70)
Kha's Personal Effects (p. 78)
Decorated Coffer (p. 89)
Imitation Cane Table (p. 94)
Senet Board Game (p. 96)
Stools (p. 100)
Folding Camp Stool (p. 103)
Bronze Jug and Basin and other Metalware (p. 106)
Two-Handled Wedjat-eye Vessel (p. 109)

Essential bibliography (p. 111)

分かりやすさが徹底的に考えられており、ともすれば僅かな同類のみを読者として想定しつつ文を書きがちな研究者たちの傾向に、反省を促す内容を含んでいます。切妻型の蓋を有する衣装箱に関して、

"Unlike the other flat-topped coffers, these pedimental shaped chests could not be stacked easily, taking up more space, and consequently were regarded of higher status value." (p. 92)

と指摘してみせたり、あるいは彩色土器の説明で、

"There were distinctive shapes for pottery and their stone counterparts in every period, and this was probably related to the contents. Thus, today we distinguish a coffee pot from a teapot, by means of shape, so that form follows function." (p. 109)

という文で始めたりしているのは、そのあらわれ。
スキアパレッリによる発掘報告書の英訳(Schiaparelli 1927 (reprint and translated, 2007-2008))が近年出ていますから、画像がカラーで鮮明なこの本を脇に置き、併読すると面白そうです。

2009年8月27日木曜日

Leospo 2001


古代エジプトにおける木製の遺物のすべてを扱っているかのようなタイトルですが、家具がかなり含まれています。仕口と継手の図示が注目されるところ。
カラーページが豊富に掲載されており、大変見やすい構成。トリノ・エジプト博物館に収蔵されているものが紹介されている冊子です。
イタリアには保存状態の良い古代エジプトの家具が収蔵されていて、これは主として19世紀頃にエジプトへ行ったイタリア人たちの功績です。しかしその詳細が世界にあまり知られていません。もはや出土場所も分からないものが少なくないとは言え、ボローニャやフィレンツェなどの博物館はとても良い家具を持っています。
特にトリノには、建築家カーの墓に収められていた家具が一式揃っていて、見応えがあります。E. スキアパレッリによるディール・アル=マディーナ調査の成果。墓の木製戸口まで取り出し、イタリアに持ち帰っており、驚かされます。
この博物館には巨大な遺物はあんまりないのですが、王名パピルスや、王家の谷の墓の平面図が描かれたパピルスなどが展示されており、これらは非常に貴重。

Enrichetta Leospo,
The Art of Woodworking.
Quaderni del Museo Egizio
(Electa, Milano, 2001)
54 p.

しかしこの本は、別に出されている3巻本の"Daily Life"の巻の中でうかがわれる内容とそっくりで、下記の3冊を御存知であるならば見る必要はありません。トリノが収蔵している名品をカラーで紹介しながら信仰や日常生活、記念建造物などを述べたシリーズで、良くできています。

Anna Maria Donadoni Roveri ed.,
Egyptian Museum of Turin: Egyptian Civilization, 3 vols.
(1988-1989).

Religious Beliefs
(Electa, Milano, 1988)
261 p.

Daily Life
(Electa, Milano, 1988)
262 p.

Monumental Art
(Electa, Milano, 1989)
261 p.

トリノ博物館は現在、大規模な展示の模様替えを模索しているところ。館長が替わり、出版にも今後、力を入れたい様子です。
トリノ博物館から出ているカタログは刊行中。

Catalogo generale del Museo Egizio di Torino (CGT)

と呼ばれ、これも日本ではなかなか全部が揃えられていない出版物であるように思われます。

http://www.archaeogate.org/egittologia/article/187/1/il-catalogo-generale-del-museo-egizio-di-torino-a-cura.html

では、CGTの経緯や既刊分のリストを4ページにわたってイタリアのエジプト学者A. Roccatiが説明。Moiso (ed.) 2008のところでも、この既刊分のリストについては触れました。

2009年8月12日水曜日

Killen 1980


古代エジプトの家具研究を専門とするキレンの第1冊目の本。家具を網羅しようとする姿勢が目次からも容易に推察することができます。箱などを扱う続巻はすでに1994年に出版されました。
古代エジプト家具の基本文献。この時代における仕口について言及されています。
2002年に再版が出ています。

Geoffrey P. Killen,
Ancient Egyptian Furniture, Vol. I:
4000-1300 BC
(Aris & Phillips, Warminster, 1980)
ix, 99 p., 118 plates.

Contents:
Abbreviations, vi
Acknowledgements, viii
Chapter One: Furniture Materials, p. 1
Chapter Two: Tools, p. 12
Chapter Three: Beds, p. 23
Chapter Four: Stools, p. 37
Chapter Five: Chairs, p. 51
Chapter Six: Tables, p. 64
Chapter Seven: Vase Stands, p. 69
Catalogue of Museum Collections, p. 73
Plates

巻末の、各国の博物館に収蔵されている家具のリストは重宝です。ただし完全なリストではありません。アルファベット順の国別に掲載されていますが、イタリアではトリノ・エジプト博物館収蔵のものの抜粋しか挙げられず、またフィレンツェ考古学博物館やボローニャの博物館なども載っていません。
リストに家具の所有者、新王国時代第18王朝の建築家カーの名前が書き込まれなかったのは残念です。参考文献にはE. Schiaparelliによる報告書が見られるのですけれども。エジプト学で通常要請される、こうした配慮があまりなされていないために、この書籍の価値は相対的に低くなりがちです。

微妙な言い回しがなされている部分があって、家具がどのように発展していったかについて記されている箇所では、慎重な検討が必要です。H. G. Fischerが言っていることと矛盾する記述もうかがわれ、今後の研究の進展が待たれます。

M. Eaton-Kraussがトゥトアンクアメン(ツタンカーメン)の椅子に関する本を2008年に出版しているので、ほぼ30年ほど経って、どのくらい研究が進んでいるかを見ることができるのも興味深い点です。家具研究は、少人数の研究者によって進められている分野。
もっとも、立場が異なるわけで、キレンは家具職人としての視点から調査を持続しています。実在する椅子と、当時の家具の名称との関連の研究はJac. J. Janssenなどが調べており、値段もまた、彼によって言及されています。こうした成果も踏まえ、多様な姿で存在していた家具がどのように使い分けられたかが問われるところ。

彼はサイトも開設しているということを前にも書きました。ここで彼の著作のリストを見ることができます。

http://www.geocities.com/gpkillen/

Bibliographyの欄には、かつてはエジプト家具に関する文献を掲載していましたが、現在ではすべて削除されて、自分の著作のみを代わりに掲載。Shaw and Nicholson (eds.) 2000の家具に関連する項目でキレンが書いている参考文献リストの改訂版を、そろそろ見ることができたら良いのですけれども。

2009年4月4日土曜日

Svarth 1998


デンマークで刊行された古代エジプトの家具の本。縮尺1/5で作られた模型を使って家具が紹介されています。図面が秀逸。またカラー写真も素晴らしい。
デンマーク語と英語が併記される形式です。

Dan Svarth,
Egyptisk mobelkunst fra faraotiden
[Egyptian Furniture - Making in the Age of the Pharaohs]
(Skippershoved, Ebeltoft, 1998)
151 p.

Contents (English):
Preface (p. 7)
Ancient Egyptian Civilization (p. 10)
Architecture (p. 16)
Furniture (p. 24)
Biers and Beds (p. 48)
Chairs (p. 65)
Stools (p. 85)
Tables (p. 102)
Chests and Caskets (p. 112)
Materials (p. 127)
Tools and Techniques (p. 133)
Time-table (p. 143)
List of Illustration (p. 147)
Literature (p. 151)

北欧は木を使う家具の伝統が長いところですから、古代の木製家具に目を向ける家具デザイナーたちが時折、登場します。オーレ・ワンシャーやハンス・ウェグナーなどが代表的。
この本も、古代エジプトの家具を網羅する学術書ではないことを、あらかじめ序文で断っています。狙われているのは、デザイナーたちに最初の家具の魅力を知ってもらうこと。そしてそれがじわじわと、良い家具が作られるような流れに影響していくこと。

"This work is the product of a furniture designer's interest and studies, and sets out in concise form some of the features of the earliest furniture-cultures which have come to play a decisive role in inspiring our own culture and which will also in future - as part of a conscious or unconscious process - influence modern furniture design." (p. 7)

造本が凝っているのは、デザイナーに手に取ってもらいたいからだと思われます。ほとんど真っ黒な装丁に金字を入れ、表紙の最下部に赤帯を入れています。また、見返しが真っ赤なキャンソン紙。本文では朱と黒の文字を使い分けます。

精巧な模型を作ったのは著者。目次で知られる通り、さまざまな家具が紹介されています。工具にも触れており、仕口の立体的な図化もなされています。家具と本との両方が楽しめる本。

2009年2月11日水曜日

Sliwa 1975


古代エジプトの手工芸、特に木工に関する研究書。家具だけではなく、船なども対象に含んでおり、このように包括的に扱うものはきわめて少なく、たいへん貴重です。古代エジプトにおける木工の仕口にも言及。
著者はポーランドの研究者。

Joachim Sliwa,
Studies in Ancient Egyptian Handicraft: Woodworking.
Universitas Iagellonica acta Scientiarum Litterarumque CCCCIV.
Schedae Archaeologicae, Fasciculus XXI:
Studia ad Archaeologiam Mediterraneam Pertinentia Vol. IV
(Nakladem Uniwersytetu Jagiellonskiego, Krakow, 1975)
83 p., 32 pls.

Contents:
Introduction (p. 5)
I. Application of Wood. Raw Materials (p. 9)
II. Tools. Workshop (p. 21)
III. Principal Working Techniques and Main Fields of Production (p. 45)
IV. Remarks Concerning the Organization of Labour and the Social Position of Craftsmen Engaged in Woodworking (p. 65)
V. Reliefs, Models and Paintings with Woodworking Scenes (p. 73)
VI. Selective Bibliography (p. 77)

出版から30年以上経って、この目次で見られるトピックをそれぞれ充実させた本が何冊か出ています。樹種を挙げている箇所をSliwaBeekmanの大著に多くを負っていますが、エジプトの樹木についての本はすでに数冊、他の著者によって出版がなされました。木工の工具についてはKillenArnold太字などが新たに論じています。また船に関する絵画資料集も、かなり詳しいものが出されました。

いくらか内容が部分的に古びたとは言え、しかし木材の加工技術を総合的に追うことは今なお、充分には突き詰められていないように感じます。その基本的なモティーフを早くから見つけ出していた論考。

出版元のヤギェウォ大学はポーランドで最も古い歴史を誇る大学として有名。創設は14世紀に遡り、コペルニクスなどを輩出したことで知られていて、たかだか100年ほどしか経っていない日本の大学などとは格が違います。イタリアのボローニャ大学はヨーロッパ最古の大学ですけれども、こうした歴史ある大学は相互の繋がりを図って「コインブラ・グループ」と呼ばれる連盟を形成しています。アメリカの大学制度に対する批判を含む動向。

なお、Sliwaの献呈論文集が出版されているようですが未見。

Les civilisations du bassin mediterraneen:
Hommages a Joachim Sliwa
(Universite Jagellone, Institut d'archeologie, Krakow, 2000)
457 p.

ポーランドやハンガリーなどにおけるエジプト学の動向を、日本から把握するのはなかなか難しく思われます。

2009年2月5日木曜日

Janssen 2009


A5版の小さな本で「ディール・アル=マディーナ(デル・エル=メディーナ)の家具」という題名を持ちます。ただし図版は一切ありません。
新王国時代のヒエラティックの読み手、ヤンセンによる最新の本。

Jac. J. Janssen,
Furniture at Deir el-Medina,
including Wooden Containers of the New Kingdom and Ostracon Varille 19.
Golden House Publications Egyptology 9
(Golden House Publications, London, 2009)
iv, 103 p.

Contents
Part I: Furniture (p. 3)
Part II: Wooden Containers in the New Kingdom (p. 26)
Ostracon Varille 19 (p. 57)
Abbreviations and Bibliography (p. 102)

オストラカ(文字が記された石灰岩片や土器片)あるいはパピルスに出てくる家具に関する資料を集成した本と言って良く、例えば「寝台」をあらわす言葉はディール・アル=マディーナ(DeM)の文字資料に少なくとも125回出てくる、などと書いてあります。構築されたデータベースの活用がなされていることがうかがわれます。Deir el-Medina Onlineは一見の価値があります。

Deir el-Medina Database:
http://www.leidenuniv.nl/nino/dmd/dmd.html


彼はすでに大著、

Jac. J. Janssen,
Commodity Prices from the Ramessid Period:
An Economic Study of the Village of Necropolis Workmen at Thebes
(E. J. Brill, Leiden, 1975)
xxvi, 601 p.

の中で家具の値段について調べていますが、今度は家具を詳しく分類する視点に立って文字資料の整理をおこなっています。未刊行のO.Varille 19に羅列されている長い物品リストについては後半で扱い、分かる範囲のことを書き出すという構成。

"Grandet translated the first indeed as....." (p. 4)

と最初の方のページで書かれていますけれども、Grandetについて註は特に振られていませんし、巻末の文献リストにも挙げられていません。GrandetがpHarrisに関する本を出版していることを既知とみなして話を進めています。
O.DeM, O.Cairo, O.Turinなどについても同様で、煩雑となる註が省かれるだけでなく、参考文献リストからも除かれていますから、手元に充分な関連資料を所有していることが前提となります。

「衣服」という意味を持つ言葉を扱っている80ページは面白い。
脈絡からJanssenはこの言葉が"underpants"の一種ではないかと疑い、Wenteも「下着」ではないかと訳している箇所もあるのを勘案しつつ、その長さが6キュービットという記述が別にあることを引用して、

"a surprising length for such an item of dress! Perhaps 'under' is not correct."

と考え直しています。
人の身長よりもかなり長い下着をだらだらと引きずるさまの連想を誘う記述で、こういうところに言及する点が、彼独特の注目すべき持ち味です。
この本の表紙に掲載されているヒエラティックの第一行目がこの単語。なお、彼のDaily Dress at Deir el-Medina: Words for Clothing (London, 2008) , pp. 42-45でも同様の趣旨をもう少し長く述べています。
Pp. 6-7における"isbwt"、「折り畳み椅子」という見解についてはしかし、

M.-C. Bruwier,
"Origine et usage du tabouret isbet," in
Ch. Cannuyer et J.-M. Kruchten eds.,
Individu, société et spiritualité dans l'Égypte pharaonique et Copte:
Mélanges égyptologiques offerts au Professor Aristide Théodoridès
(Bruxelles, 1993), pp. 29-57.

との併読が必要。
Bruwierのこの論文に対してはさらに、M. Eaton-Kraussが情報の不足を指摘しています。

M. Eaton-Krauss,
"Three Stools from the Tomb of Sennedjem, TT 1",
in Jacke Phillips ed.,
Ancient Egypt, the Aegean and the Near East: Studies in Honor of Martha Rhoads Bell. 2 vols.
(Van Siclen Books, San Antonio, 1997),
pp. 179-192.

2009年1月5日月曜日

Killen 2003


古代エジプトの家具に関する一般向けの紹介。たぶん、キレンの執筆によるごく最近の論考です。家具の寸法分析などを記述。
キレンがこうした考察を書くのはおそらく初めてで、注目されます。

Geoffrey Killen,
"Woodworking in Ancient Egypt: The Skills of Ancient Artisans.
Part 3, Measurement, Scale & Proportionality of Ancient Egyptian Furniture,"
Ancient Egypt, Vol. 3, Issue 4
(January / February 2003),
pp. 32-35

これは以下に示す論文の続編で、本稿は3番目に当たります。
すでにキレンの本を何冊か目にしている人は、以下の論考を読む必要はありません。
既出著作の抜粋と考えて構わないかと思います。

Ditto,
"Woodworking in Ancient Egypt: The Skills of Ancient Artisans.
Part 1, Tools and Processes,"
Ancient Egypt, Vol. 3, Issue 2
(September / October 2003),
pp. 24-29

Ditto,
"Woodworking in Ancient Egypt: The Skills of Ancient Artisans.
Part 2, Materials and Decorative Techniques,"
Ancient Egypt, Vol. 3, Issue 3
(November / December 2002),
pp. 24-28

黄金比というものがあって、1に対する1.618という比率を指しますけれども、これが古代エジプトの家具にも適用されたのではないかという意見を書いています。
僕はこの見方に与しませんが、彼がこれを記しているという点は重要。古代エジプト研究における寸法計画を探る際には、広範に論破しなければいけないことが、ここでも明らかにされるからです。

雑誌Ancient Egyptは、古代エジプト文明に興味を抱く一般読者向けに刊行されているイギリスの隔月刊誌で、コンサルタント・エディターとしてロザリー・ディヴィッド(Rosalie David)を迎え入れています。
若い雑誌ながら、アメリカの同系統の雑誌KMTと双璧をなすメディア。

ヨーロッパでは古代エジプトを専門とする一般向けの雑誌というものが他にもいくつかあり、欧米における読者層のものすごい厚さを象徴しています。
キレンはHPを持っているので、この人の著作は容易に調べられます。

http://www.geocities.com/gpkillen/

2008年12月31日水曜日

Eaton-Krauss 2008


イートン・クラウスによるトゥトアンクアメン(ツタンカーメン)の玉座や椅子などの報告書。1980年代から予告されていた本が、ようやく出版されました。
全体は3つに分かれており、最初に玉座、次に椅子と腰掛け、最後に足置き台が扱われます。ただ文章量は均等ではなく、最初の4つの玉座を記した部分だけで、本文の半分以上を費やしています。
カラー図版が一枚もない点は残念。その代わりに、日本で開催されたトゥトアンクアメンの展覧会のカタログのカラー図版まで紹介されており(p. 63, note 9)、この学者が万遍なく目を光らせていることがうかがわれます。

M. Eaton-Krauss,
incorporating the records made by Walter Segal,
The Thrones, Chairs, Stools, and Footstools from the Tomb of Tutankhamun
(Griffith Institute, Oxford, 2008)
224 p.

建築家が実測して残した図面を報告の中に組み入れているのが特色です。このために各部の実寸値が分かり、例えば黄金の玉座の場合には全高が 104.0 cm、幅が53.0 cm、座の高さが51.7 cmであることが了解されます。古代エジプトで用いられた王尺の52.5 cmを意識して造られたことが一目瞭然で、35ページにはキュービット尺との関連が確かに書いてある。
でも深くは立ち入っていません。家具とキュービット尺との関わりの問題には、もう少しデリケートな議論が必要で、それを熟知しての対処。今後の詳しい検討が望まれるトピックです。

報告書を書き慣れた人の本だから、いろいろな目配りがされていることに気づかされます。たった30ぐらいの遺物しか紹介していない本なのに、コンコーダンス(遺物番号対照表)が4つも掲載されていますが、これはカイロ博物館での展示番号とJE登録番号、及びH. カーターによって振られた遺物番号がばらばらであるための処置。丁寧と言えば丁寧ですけれども、形式にとらわれ過ぎたやり方と見ることもできる箇所かもしれません。
ページネーションについては冒頭から図版掲載ページまでを通しで振ったり、見やすくする工夫がなされています。これは近年の出版形態に合わせたやり方ですが、一方でプレート番号に関しては相変わらずLXXXIV、などと記しています。

家具に白く塗料を施すことの説明に一節を設けるなど、家具をよく見ている人だという印象が残ります。詳細な註が付されており、玉座に触れている章だけでその数は150を超えます。河合望先生の論文が引用されている点にも触れておきましょう。
Svarthという人が古代エジプト家具を模型で造って紹介している綺麗な本があるのですが、不正確な点を挙げています。でもSvarthの本は、もともとそういう厳密なことをめざした本ではないし、この指摘はちょっと可哀想。

最後に扱われている箱が、はたして本当に足置き台かどうかは疑問なしとしません。運搬用と言われる取っ手が両脇についており、何に使われたのか、想像するのが楽しい遺物です。
古代エジプトの家具を扱った専門書の中で、重要な位置を占める重厚な内容の報告書。