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2010年6月26日土曜日

Hinz 1955


イスラームでも時代や地域によって度量衡が変わり、特に長さについて調べることは建築の世界では重要な作業となります。しかし、これが案外と見つけ出しにくくて大変。
それらの情報をひとつにまとめた薄い冊子です。

Walther Hinz,
Islamische Masse und Gewichte umgerechnet ins metrische System.
Handbuch der Orientalistik:
Ergänzungsband 1, Heft 1
(Brill, Leiden, 1955)
(viii), 66 p.

長さについては54ページから記述が始まります。長さにも何種類もあって複雑ですが、たとえばカイロにおける1ディラー=58センチメートル、なんていうことが書いてあり、その後にダマスカス、アレッポ、トリポリ、エルサレム、イラク、イラン、インドの場合、というように説明が続きます。

イスラームのことを調べるのであったら、専門の研究者は自分のコンピュータにインストールしている「エンサイクロペディア」で索引をかけるのかもしれません。これはライデンのブリルから出ている権威ある事典。
CD-ROMも販売されるようになりました。

P. J. Bearman, Th. Bianquis, C. E. Bosworth, E. van Donzel and W. P. Heinrichs eds.,
The Encyclopaedia of Islam
CD-ROM
(Brill, Leiden, 2005)

15000項目以上もあり、冊子体では12巻で供給されます。第3版の刊行が始まっていて、これの完結にはまだまだ時間を要するはずですから、第2版を用いるのが現実的。
CD-ROMとは言え、10万円以上もします。ブリルの会員になると最新情報も含め、オンラインで見ることもできますけれども、こちらも高額で、個人では手が出にくいというのが現状。
簡略版もあって、

H. A. R. Gibb and J. H. Kramers eds.,
Shorter Encyclopaedia of Islam
(Brill, Leiden, 1997)
viii, 671 p., 2 plans, 7 plates

これだったら1万円ほどで購入ができるはず。古本では5000円以下で入手が可能です。イスラームに興味を抱く大学院生であったら、たいてい持っているのではと思われる本。これに匹敵する書籍が少ないものですから、人気の高い出版物。

ビザンティンからイスラームに変えられた遺構というものもあり、このためにビザンティンにおける長さの情報も見ることを強いられます。
ビザンティンの度量衡の決定版は、

Erich Schilbach,
Byzantinische Metrologie.
Handbuch der Altertumswissenschaft, XII, Teil 4
(Verlag C. H. Beck, Munchen, 1970)
xxix, 291 p.

で、pp. 13-55において長さに関する記述が見られます。
前時代における古代ローマの尺度ではなく、古代ギリシアの尺度に基づいて長さが決定されたのではないかという考察が重要。

2009年9月24日木曜日

Warner 2005


カイロの古い街並みで見られるイスラームの歴史的建造物の平面を逐一、大きな地図上に示した労作です。副題では"A Map"となっているけれども、掲載されているのは大版の折り込み地図が31枚。分割されて所収がおこなわれています。
ゲジラ島とローダ島の東方に位置するナイル川岸辺の当該地域の地図の縮尺は1/1250。小さな住宅についても、かろうじて平面が分かる大きさです。
大判の本で、すべて手書きの大図面が何と言っても素晴らしい。
ARCE Conservation Seriesの第1冊目。

Nicholas Warner,
The Monuments of Historic Cairo:
A Map and Descriptive Catalogue.

American Research Center in Egypt (ARCE) Conservation Series 1.
American Research Center in Egypt (ARCE) Edition
(American University in Cairo (AUC) Press, Cairo, 2005)
xvi, 250 p., 31 maps.

Contents:
Foreword by J. L. Bacharach and R. K. Vincent, Jr. (vii)
Acknowledgments (ix)
Preface (xii)
Introduction: Cartography, Architecture, and Urbanism in Cairo, AD 1500-2000 (p. 1)
Note on Sources, Cartography, and Architectural Drawings (p. 82)
Descriptive Catalogue (p. 87)
Glossary (p. 192)
Abbreviations (p. 194)
References (p. 195)
Index of Buildings by Number (p. 202)
Index of Buildings by Name (p. 220)
Index of Buildings by Date (p. 243)
Maps (251)

著者のWarnerは、ARCE Conservation Series 2に当たるクセイルの砦のプロジェクト(Le Quesne 2007)にも参加している建築研究者。
序文では、

"The twentieth-century English poet W.H. Auden wrote that 'poetry makes nothing happen: it survives in the valley of its saying.' Like poetry, 'The Monuments of Historic Cairo' is in a sense nothing more than a record, documenting a moment of a city.(中略)The poetry of these maps lies in making Cairo's memory survive, and it is their 'saying' that constitutes Nicholas Warner's achievement."

と、詩人オーデンの句を引きながら、この本の価値が強調されています。
252ページ目の"Map Key"を見るならば、かつてあったけれども、もうなくなってしまったイスラーム建築の位置なども示されていることが了解され、建物の上階から飛び出ている部分の輪郭を点線で示すなど、細かく丁寧に描き分けた工夫の跡も良く分かります。
文章による建物の簡潔な説明も充実しています。シタデルやアイユーブ朝の城壁、またイブン・トゥールーン・モスクに関する記述などが最も長く、それぞれ1ページほどの分量。
索引では建物番号、建造物名、建造年代から調べることができます。

この本はAmerican University in Cairo Pressから出版されているので、タハリール広場の脇の大学キャンパス近くまで行った折に購入する方法もありますけれども、カイロの書店案内というものが日本語で出ており、サイトでも情報が公開されていますので、どこで売っていそうだという目安がつき、カイロで長居をする時にはこれが非常に便利です。

日本学術振興会カイロ研究連絡センター、
平井文子、原山隆広、橋爪烈、勝沼聡、竹村和朗、亀谷学

カイロ書店案内 2004
日本学術振興会カイロ研究連絡センター、カイロ、2004年
(iii)+ii, 123 p., 28 maps.
http://asj.ioc.u-tokyo.ac.jp/html/guide/cairo/c_s_f.html

Les Livres de Franceの閉店状態をサイト版では伝えるなど、改訂がなされていますが、一方で旧ナイル・ヒルトン・ホテルのショッピング・モールの地下にあったL’Orientale (旧L’Orientaliste)の動向については最新情報が反映されておらず、残念。
もちろんこれは贅沢を言っているわけで、歩いて本屋さんをくまなく調べるという、この貴重な情報誌を作成する上でおそらく大変であったろう労力に改めて敬意を表します。
ありがたく使わせていただいている次第。特に調査に関わる者にとっては、冊子体の方にエジプトの地図屋さん(p. 102, L-7: ドッキ、ミサーハ広場周辺)が明記されている点が重宝しており、何回も助けてもらっています。

2009年9月23日水曜日

Le Quesne 2007


エジプトの港市クセイルの城塞に関して述べた本。イスラーム時代に属するエジプトの、紅海沿岸の遺跡を詳しく扱った本として注目されます。
16世紀のオスマン朝に建造された砦ですが、何故、紅海沿岸にこのようなものが建てられたかと言えば、海を渡っての交易の拠点となっていたからです。ヨーロッパとアジアとを結ぶ交通路の途上の、紅海における要所でした。
クセイルはまた、古代エジプトにおける砂漠の道、ワーディ・ハンママートの紅海側の終端でもありました。ワーディ・ハンママートはナイル川と紅海とを東西に繋ぐ道で、面白いことに古代に記された地図が残っています。
クセイルはメッカへの巡礼の際にも、重要な役割を果たした土地。

Charles Le Quesne,
with contributions by Martin Hense, Salima Ikram, Ruth Pelling, Ashraf al-Senussi, Willeke Wendrich,
Illustrations by Tim Morgan and Julian Whitewright,
photography by Tim Loveless,

Quseir:
An Ottoman and Napoleonic Fortress on the Red Sea Coast of Egypt.
American Research Center in Egypt (ARCE) Conservation Series 2
(American University in Cairo Press, Cairo, 2007)
xxv, 362 p.

Contents:
1. Introduction and Background (p. 1)
2. Historical Background (p. 25)
3. Foundation and Early Occupation (1571-Late Seventeenth Century) (p. 45)
4. Late Ottoman Occupation (Eighteenth Century) (p. 87)
5. Napoleonic Occupation (1799-1800) (p. 97)
6. The Nineteenth and Twentieth Centuries (p. 147)
7. Finds and Specialist Reports (p. 169)
8. Final Discussion and Conclusions (p. 299)
Appendix: Description of the Town of Quseir and Its Vicinity (p. 319)

参考:360度パノラマ
http://www.360cities.net/image/quseir-fort-16th-c
http://www.360cities.net/image/fort-of-sultan-selim-quseir

サンゴも建材として用いていますが、これはトゥールのキーラーニー地区、あるいはラーヤ遺跡と同じです。紅海沿岸ではスーダンのサワーキン(スワキン)や、サウジアラビアのジェッダ、またヤンブーなどでサンゴ造建築は知られているものの、エジプト建築史では非常に稀で、特筆されます。サンゴを用い、紅海沿岸に砦を造った例としては、ラーヤの方が古く、規模もこちらの方が大きい。
この城塞が何故、正方形でなくて菱形になっているのか、ちょっと興味が惹かれるところです。地形の制約があったし、建物の正面をメッカに向けたかったと著者は述べていますが、他にも理由があったかもしれない。

この方面の研究者たちであるフランスのJ.-M. Mouton、あるいはアメリカのD. S. Whitcombたちの名と並んで、トゥールとラーヤを長年発掘してきた川床睦夫先生による各報告書も、本書のあちこちで引用されていますけれども、ただ執筆者は全部を見てはいない様子。

Mutsuo Kawatoko,
"Multi-disciplinary approaches to the Islamic period in Egypt and the Red Sea Coast",
Antiquity 79 (2005), pp. 844-857.

は、巻末の参考文献リストから抜け落ちています。
図版を多く含んだ本で、数ページはカラーで印刷されています。層位図等も掲載しており、第1期から第7期にわたる変遷を描こうとしていますが、もう少し分かりやすい図示が試みられても良かったかも。

クセイル遺跡の観光センターを立案するために調査がなされたという経緯が述べられていて、建築的な側面についてはMichael Mallinsonの名が挙げられています。この人はケンプのアマルナ調査にも参加している建築家。エジプト学に関わっているS. IkramやW. Wendrichも、それぞれの専門分野からの報告文を載せています。古代石切場の調査を進めているPeacockへの謝辞も見られ、エジプト調査の運営が厳しくなっている中で、協力関係を結んでいることが良く了解されます。

"Curtain wall"という用語を城塞の壁に対して使っていますが、窓の設けられていない、稜堡の重厚で高い壁を言い指したもの。今日の建築の世界で「カーテン・ウォール」というのは、高層ビルなどでただ吊り下げられるだけの、建物全体を支える構造的な意味あいにおいては何ら寄与しない壁のことを言うのであって、解釈が大きく異なり、違和感がありますけれども、ここでは軍事建築の専用用語としての「カーテン・ウォール」。ですから建築構造力学から見られる意味がまったく逆転します。
註を記したp. 327, note 4の、"This work was carried out carried out by Mallinson Architects,"というケアレスミスなどもいくつかあって、惜しまれるところ。
ARCEから出ているこのConservation Seriesはしかし、エジプトの遺跡に関する修復作業を一般読者に広めようとしている点で貴重です。

2009年2月21日土曜日

Schijns 2008


ダクラ・オアシスの煉瓦造建築を扱った本で、ダクラ・オアシス・プロジェクトにおける第10巻目の報告書。かなり前から刊行の予告が出ていた書で、ようやく出版の運びとなったようです。

Wolf Schijns,
with contributions from Olaf Kaper and Joris Kila,
Vernacular Mud Brick Architecture in the Dakhleh Oasis, Egypt, and the Design of the Dakhleh Oasis Training and Archaeological Conservation Centre.
Dakhleh Oasis Project: Monograph 10
(Oxbow Books, Oxford, 2008)
vii, 56 p.

Contents:
Chapter I: Introduction to the Project
Chapter II: Geographical and Historical Background
Chapter III: Description of the Mud Brick Architecture
of Dakhleh
Chapter IV: Case Studies of Houses
Chapter V: The D.O.T.A.C.P. Centre

日乾煉瓦の建物を主題とする本は、実はあんまり見ることができません。その意味でこの本は期待されていたのですが、案外と薄いペーパーバックの冊子で、残念でした。

序文には「1997年における踏査(field trip)に基づく報告」とありますけれども、全部で60ページ程度の報告がどうして出版に11年もかかったのか、謎です。写真図版も1997年に撮影されたものであるらしく、本のほぼ半分は図版等で用いられていますから、文章の分量は30ページほど。

特に第4章のケース・スタディでは3軒の家が紹介されていますが、ほとんどが図版と写真で、文章による説明があまりなされていません。2番目の"House 2 in Bashendi"に至っては、文章が11行だけです。

古代の泥煉瓦(日乾煉瓦)についてはスペンサーがカタログを作成し、ケンプが比較的長めの解説を書いたりしています。ラメセウム(ラメセス2世葬祭殿)の穀物倉庫に関しては、かなり詳細な煉瓦の積み方などを記した報告書が出ており、重要。「古代エジプト建築のヴォールト」と題する2巻本も参考になります。

Salah el-Naggar,
Les voutes dans l'architecture de l'Egypte ancienne,
2 vols.
Bibliotheque d'Etude (BdE) 128
(Institut Francais d'Archeologie Orientale (IFAO),
Le Caire, 1999)
ii, 466 p. + ii, 333 p.

煉瓦についてはしかし、まだ触れられていない点がいくつかあって、例えば煉瓦の表と裏が判別できることなど、まだ誰も書いていないように思われます。平滑で中央が凹みがちで、時折指跡やスタンプが残っているのが表面で、小石や砂、また土器片などが張り付き、比較的荒くて縁が張り出しているのが裏面です。
煉瓦の表と裏を識別することにどのような意味があるかと反問する向きもあるでしょうが、裏面では縁が突出するため、煉瓦を計測する時には大きめの値が導き出されてしまいます。泥煉瓦の大きさをもとに建物を比較して調べる際には、注意が必要。