易しく語られていますが、内容は高度。大学院生の教材などで取り上げたりしたら、とっても面白いかも。
Barry Kemp,
The Egyptian Book of the Dead.
How to Read Series
(Granta Books, London, 2007)
xi, 125 p.
Contents:
Introduction (p. 1)
1. Between Two Worlds (p. 11)
2. Working with Myths (p. 23)
3. The Landscape of the Otherworld (p. 33)
4. Voyages and Pathways (p. 43)
5. Reviewing One's Life (p. 53)
6. The Body's Integrity (p. 63)
7. Voice and Performance (p. 72)
8. Empowerment (p. 81)
9. Becoming a God (p. 90)
10. Perpetual Fears (p. 100)
Notes (p. 108)
Chronology (p. 112)
Suggestions for Further Readings (p. 114)
Index (p. 118)
一般向けに書かれたケンプによる本と言うことであれば、先駆けはありました。
同著者によるヒエログリフの本です。同じロンドンの出版社から出されましたが、またアメリカからも主タイトルと副タイトルとを逆にしたものが刊行されました。
Barry Kemp,
100 Hieroglyphs: Think Like an Egyptian
(Granta Books, London, 2005)
xv, 256 p.
Barry Kemp,
Think Like an Egyptian: 100 Hieroglyphs
(A Plume Book, New York, 2005. Originally published in UK, entitled as "100 Hieroglyphs: Think Like an Egyptian" by Granta Books, 2005)
xv, 256 p.
謝辞(ix)などがきわめて短い点は、ケンプの本では通例のこと。
この場合では改行もなく、出稿が遅れたことの言い訳、世話になった編集者への御礼、そして研究助成をもらったことの書きつけが続けて記されるだけです。
次の"A Note on Translation"(xi)も同様。改行は一切なく、「R. O. Faulkner、及びT. G. Allenの文献を参考にした」と書かれるだけ。
一般向けの本だから、註も文献リストもきわめて限られています。
その中にあって、4ページに振られた註1(p. 108)では20行以上にわたる文が書かれていて、そこではJ. BainesとJ. Assmannの見方だけが自分の観点に叶うと述べられ、彼らの先行研究が引用されています。
しかし一方で、"Suggestions for Further Reading"(p. 114)の筆頭に挙げられているのは、E. Hornungによる著書、Altägyptische Jenseitsbücher (Darmstadt, 1997)。
こういう扱いには、秘かな批判も込められていると見るべきです。古代エジプトの宗教研究に関しては、世界でJ. アスマンとE. ホルヌンクの2人が双璧である点は、エジプト学関係者たちにとって、もちろん周知のこと。
そのどちらを支持するのかが、記述された文章によってではなく、むしろ本の形式を借りて表現されています。
序章の1ページでは映画の"The Mummy"がいきなり扱われており、つまりこれは日本で「ハムナプトラ」の名のもとに公開されたハリウッド映画である訳ですが、
"The film never claimed historical authenticity"
と、まずは一言であっさり否定して済ませます。要するに「全くのでたらめ」、ということですね。それを格調高く言うために、いささか難しい単語が選択されている点にも注意。
序章では引き続き、この映画における「死者の書」の扱いと、実際のものとがどれだけ異なるのかを初心者にも分かるように丁寧に説明しており、そこでは書物の外的な形態の違いにも触れられますけれども、
"The Otherworld was not a place of earthly pleasures or of family reunions." (p. 1)
といった点も描いています。キリスト教やイスラームなどからの安易な類推を禁じた言葉が見られ、重要。
広く宗教を見渡して考え、人間の死骸を保存したり、蘇りを信じていたとされる良くある見方が、決して凶々しい特殊な人間の精神世界ではないとみなしていることが分かり、それは序章で積極的に「我々と似ていないか」と問いかける姿勢などからも明らか。
以下、各章の冒頭には「死者の書」からの引用が付される形式を取ります。
ケンプが流行の映画に言及するのは珍しい。テレビの存在についてはかつて、彼の"Anatomy"の本で触れていたと思われるけれども。
この本にはまたインターネットのURLが記載されていて、こういう点も興味深かった。これまで彼はあまり引用しませんでしたが、既往研究が次々とネットで公開されている近況への配慮。
第9章のタイトル、"Becoming a God"は、おそらく欧米人にとって最も理解の難しい考え方のひとつ。逆に、日本人にとってはすんなり入っていくことのできる道でもあって、簡単ながら、その説明に興味が惹かれます。
日本の古代の精神世界に分け入った折口信夫(おりくちしのぶ)が文芸作品「死者の書」を執筆しており、それを纏めた
折口信夫著、安藤礼二編、
「初稿・死者の書」
(国書刊行会、2004年)
338 p.
と並読するならば、他の国の人間にはできない心の体験ができそうで、興味深い。
「生き返ること自体を第一の目的にすることはエジプト人は決して発想しなかったであろうし、蘇りが目的であったに違いないと考えるのは、何でも功利主義と結びつける浅ましい現代人だけであろうし、それが目的になったとたんに、もはや『死者の書』ではなくなる」という、ケンプの考え方がここでは表明されています。
この本はだから、現代文明への強い批評ともなっています。そこを読み取ることができるかどうかが、たぶん「ケンプを読む」ということの意味。