2009年3月1日日曜日

Baldwin Smith 1938


建築史家には種類があって、ひとつは自分の専門領域を定め、深く掘り下げる人。他方は時代や地域を問わず、勝手気ままに横断して行く人です。
この著者は明らかに後者に属し、決して古代エジプト建築の専門家と言える人ではありません。にも関わらず、ここで取り上げる書は重要。
古代エジプト建築を美術史的側面から眺め、それらの多様な見かけ上の形式を語る学者はたくさんいるのですけれども、どのように建築が発想され、また実現されたかを問う本はいくらもないというのが現状です。その点で、この本の存在は貴重。
「文化表現としてのエジプト建築」という表題には、建築表現一般にまで問題を押し拡げようとした意図が感じられます。古代エジプト建築は、ここでは単なるひとつのケース・スタディにしか過ぎません。

E. Baldwin Smith,
Egyptian Architecture as Cultural Expression
(D. Appleton-Century Co., New York, 1938)
xviii, 264 p.

78ページ分の図版は全部、著者による手書きの達者なペン画です。写真の掲載がとても高価であった当時の制約を、どのように乗り越えて一般向けに最新の成果を伝えようとしたか、その工夫のさまが良く分かります。

この人が他にどのようなものを著しているかと言えば、

Early Christian Iconography and a School Ivory Carvers in Provence
(Princeton University Press, Princeton, 1918)
276 p.

The Dome: A Study in the History of Ideas.
Monographs in Art and Archaeology
(Princeton University Press, Princeton, 1950)
200 p.

Architectural Symbolism of Imperial Rome and the Middle Ages
(Princeton University Press, Princeton, 1956)
ix, 219 p.

と非常に多岐にわたり、唯一の繋がりがあるとすれば、かたちとその意味との関連、ということになるでしょうか。
最後の著書に関しては和訳が刊行されており、この訳業には非常な苦労が伴ったに違いありません。労作です。

ボルドウィン・スミス著、河辺泰宏・辻本敬子・飯田喜四郎共訳、
「建築シンボリズム」
(中央公論美術出版、2003年)
352 p.

1938年という出版年代は、未だ古代エジプトの主要な遺構における発掘調査が充分に進んでいない時期であって、このためにアマルナの王都に関する記述に対しては、反論が後に寄せられたりもしています。
しかし著者の提示した根源的な問題点は少数の専門家には確実に伝えられており、現代の観念を振り捨てて遺構を見ると言うことがどれほど難しいかを今なお、語り伝えています。
「抽象と感情移入」などで高名な美術史家のW. ヴォリンガー(ヴォリンゲル)の解釈に反対意見を唱えるなど、見るべき点が多々ある書。

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