2009年3月30日月曜日

Arnold 2008


リシュトにある古代エジプトの中王国時代の私人墓に関する建築報告書。すでにメトロポリタン美術館が1900年代の初期に発掘調査をおこなったものの、報告書がずっと未刊行のままでした。
追加の調査をおこない、当時の記録をもとに、厚い報告書に仕上げています。

Dieter Arnold, 
with an appendix by James P. Allen,
Middle Kingdom Tomb Architecture at Lisht.
Publications of the Metropolitan Museum of Art,
Egyptian Expedition, Volume XXVIII
(Metropolitan Museum of Art, New York, 2008)
99 p., 170 pls.

見どころは図版で、リシュトに位置するセンウセルト1世、あるいはアメンエムハト1世のピラミッドの周囲に築かれた数々の墓が対象。建築の専門教育を受けた人間が調査隊長で、しかも主として本人が図面を描いているから、非常に見やすい。いくつかの図はすでにアーノルドのBuilding in Egyptの中で紹介されていますが、見応えのある図面がここでも揃っています。折り込みとなっている図版も少なくありません。
地上に建物が立つ他に、地下にも迷路のように部屋や廊下が造営されますから、理解が容易となるように、場合によっては立体図(アクソノメトリック)も交えています。手前の部分をカットアウトして見やすくする工夫が特に注目されます。
新王国時代、平地に盛んに建てられたいわゆる「トゥーム・チャペル(神殿型貴族墓)」の形式と似たものが、すでにあったことが分かって興味を惹きます。中王国時代の住居の形式とも相似を示している部分があり、もう一度問題を広く捉え直すべき時期に来ているのかもしれません。

盗掘行為を防ぐために、二重に設けられた石の引き戸(!)が用意された墓がうかがわれるのが面白い。立てた石の平板を上から落とす「落とし戸」ではなく、横から石板を引き出してきて通路を塞ぐ方式です。斜め上から石版を落とす方式はダハシュールの屈折ピラミッドの中で見られ、有名ですけれども、引き戸というのは驚かされる。

CGによって地上の建物を復原している図は、非常に精緻で素晴らしい。石材のひとつひとつの大きさがまちまちであるというのが大方の古代エジプトにおける石造建築の特徴なので、CGの作り手にとっては面倒であったはず。床面の敷石に至っては不定形の石が並べられますので、これも苦労したかと思われます。石目地のパターンをただコンピュータ上のモデルに貼り付けるだけでは不満が残る箇所。
この本のシリーズはまだ続くようで、石棺の類型などに関しては、ダハシュールの中王国時代の私人墓をまとめた次巻にて記されるとのこと。

著者は、テーベにおけるデル・エル・バハリのメンチュヘテプ2世の記念神殿はもちろん、中王国時代のピラミッド群など、主要なモニュメントの発掘調査に長く関わってきた人。奥さんは土器の専門家、子供もエジプト学者という点は以前にも触れました。
メンチュヘテプ2世の記念神殿については、基壇上にピラミッドを載せる姿をとった20世紀初期の復原案が、アーノルドによって疑問符を付され、今やほとんど信じられていません。
一枚の復原図を描いた時に、それが50年持つか持たないか、建築に関わる者はそれを競うということではないかと思われます。

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