2009年3月27日金曜日

Kemp and Rose 1991


ケンブリッジ考古学雑誌(CAJ)は1991年の創刊ですから、比較的若い雑誌。年に2回の発行です。第1巻第1冊目という最初の号に、ケンプとローズが共同執筆している論文。
ケンプはこの雑誌の編集委員に名を連ねていますので、あまりレベルの低い内容のものを書けない立場です。むしろ、注目すべき投稿論文を世に出して、新たに刊行されたこの雑誌に関心を集め、格を高めなければなりません。何といっても、ケンブリッジ大学の考古学雑誌です。
そうした状況のもとで書かれた論考。

Barry Kemp and Pamela Rose,
"Proportionality in Mind and Space in Ancient Egypt",
Cambridge Archaeological Journal (CAJ), Vol. 1, No. 1
(April 1991), pp. 103-129.

一見、話があちこちに飛ぶように思われるので、この論文はあるいは逆に、最後から読むと分かりやすいかと思われます。つまり、結論を先に読んでしまうことです。そうすると、古代エジプトの分析などで未だに良く用いられている「黄金比」などを否定していることが分かります。さまざまな補助線を書き加えて検討をおこなう美術史学的な分析に関しては、

E. C. Kielland
Geometry in Egyptian Art
(Dreyers Forlag, Oslo, 1987)
142 p.

などが代表的。

このケンプという人は、もともと黄金比とか円周率などを古代エジプト建築の分析に持ち込むことに懐疑的な人でした。その大きな影響下に、例えばC. Rossiの本、Architecture and Mathematics in Ancient Egyptが書かれています。ただ、エジプト学でも黄金比を用いて解釈するという美術史学の長い歩みがありますから、一言で否定するというのは難しい。
当論文では、経験心理学によるここ20年来の研究の成果をまず踏まえて書き始められるという点が面白い。それまで触れられなかった観点からの黄金比の適用の見直しが試みられています。

黄金比に関する簡単で周到な紹介が終わった後、ある種の価値判断については、その割合が黄金比(1:1.618)に近似するという経験心理学上の興味深い話題に移り、これを受けて古代エジプトの例を検証します。そこで第一に取り上げられるのは当時の「カレンダー」を記したパピルス文書で、ちょうど日本の「大安」「仏滅」と同じように、日々の吉凶が文字資料として残っているものを扱っています。

pBudge(357日間)
pSallier IV(209日間)
pCairo 86637(344日間)

などが引用されていますが、こうして最新の人文科学研究と古代エジプトの諸資料を思わぬところで結びつけて見せるのがケンプの本領。また同時に、吉凶を記す「夢の本」であるチェスター・ビッティ・パピルスについては、論述から注意深く除かれている点にも注意が惹かれます。

話はさらに人物の立像の下書きで用いられたキャノン・グリッドや家具のプロポーションに及び、最後に建築平面図の解析へと入ります。
結論では

"Badawy's claim for the existence of 'some regulating system of proportions ... crystallized into a framework of general laws' (Badawy 1963, 2) seems to be unlikely." (p. 127)

と述べられており、ある程度の傾向は認めながらも、最後は否定する方法をとっています。
A. バダウィに対する反論が記された論文で、建築学においては重要視される考察。

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