2009年12月13日日曜日

Rabasa Diaz 2000 (Japanese ed. 2009)


古代と中世とでは石造建築の造り方が著しく異なり、中世以降の石切りの方法は立体截石術(ステレオトミー)と深く関わることが増えていきます。これは古代の組積方法から変化し、整形した石を積んでいく方法がとられるからで、曲面を交えた複雑な形状を有する屋根を持つ構築物を建てようとする場合には、特に立体幾何学の素養が必要でした。
平明に言うならば、正方形や長方形の平面の上に、いかにして石材を用いて丸屋根を築いてきたか、その歴史を解説している本です。このため、柱を立ててその上に水平の梁を架け渡す、より簡単な構法については述べられていません。
この本はとても珍しい研究書で、あとがきで示されているように、当該分野については日本語で読める唯一の本、ということになります。

エンリケ・ラバサ・ディアス著、入江由香訳、
「石による形と建設:中世石切術から一九世紀截石術まで」
(中央公論美術出版、2009年)
(vi), 318 p.

原著:
Enrique Rabasa Diaz,
Forma y construcción en piedra:
De la cantería medieval a la estereotomía del siglo XIX

(Ediciones Akal, Madrid, 2000)

西洋の中世以降において主流をなす宗教建築で、どのように石造の天井を架けたのか、その全般の変遷を追う偉業をおこなっており、めざましい労作。邦訳も大変であったことがしのばれます。
Fitchen 1961ももちろん出てきます。中世以降を対象としながらも、参考文献のページにはRockwell 1993も掲げられており、広く目配りがなされている点が知られます。

例えば冒頭の13ページの図3では、「ビザンティン様式による交差ヴォールトが生じるための回転」というキャプションとともに、天井の断面図と見上げ図の輪郭線とが示されていますけれども、これは正方形平面の上に架け渡された浅いライズを持つ交差ヴォールトの交点から、正方形の各辺までを覆う屋根の形状をどのように定めたかを問う説明図で、正方形平面における縦横2本の対称軸を手がかりとして円弧を連続させたことをあらわした表現。
こうやって文章で書くと、めちゃめちゃ複雑になります。

全体として図版が豊富で、素晴らしい。
ただし、立体的な形態の表示方法に見慣れていないと、いったい何の図であるかを理解するのに、しばらく時間がかかる場合が少なくないかもしれません。アクソノメトリックによる見上げ図がしばしば用いられており、これはA. ショワジーによる著作(Choisy 1899)以降、建築の本では馴染みのある描き方なのですが、通常はあまり見られない図法ですので、初心者にとっては、特にライン・ドローイングで示される場合に奥行きが反転して見えたりするかと思われます。

個人的には、206ページ以降の「平坦なヴォールト」(つまりフラットなヴォールト)がきわめて面白かった。まるで立体パズルです。ステレオトミーが充分に成熟し、また建築構造力学が発達して初めて実現が可能であった工夫。
「平坦なアーチ」(フラット・アーチ)とか「平坦なヴォールト」(フラット・ヴォールト)という言い方に矛盾を感じる向きもあるかと思いますけれども、それはアーチやヴォールトといったものを、単にかたちの問題であると誤解するからであって、本当は違います。これは建築構造と密接に関わる用語。この点が正確に説明されない場合もあるので、注意が必要。
アーチを直線に沿って平行移動させるとヴォールトになり、またアーチの頂点を通る垂直線を軸として回転させるとドームになるというかたちについての解説は、意匠の説明としては分かりやすい反面、誤解を招きやすく、平らなアーチやヴォールトの存在を埒外に置くことになりかねません。

巻末に用語解説がつきますが、併記されているのはスペイン語です。124~125ページには興味深い図版がいくつも並んでいますが、充分な説明が文中にてなされていない点は残念。
ここに出てくる「カスタネット」は、英語圏では"Lewis"として知られている装置で、スペインでこれを「カスタネット」と呼ぶところにこの国の文化を感じます。架構に関する建築技術の駆使の歴史を、改めて感じさせる貴重な厚い一冊。
Sakarovitch 1998も類書として挙げておかなければなりません。ともにステレオトミーに関する代表的な書となります。

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