2009年12月31日木曜日

Haselberger (ed.) 1999


人間の眼は垂直や水平の線の知覚に敏感である一方、想像される重量感など、周囲の状況を含んで脳が判断するために、時として曲がったり傾いたりしているという誤った認識がもたらされることがあります。建築を造る際にはこれが支障となり、わざと真っ直ぐであるべき床や梁材をごく僅か、曲げたり傾けたりという視覚矯正がなされる場合が見られ、これが「リファインメント」と呼ばれます。
パルテノン神殿には直線がどこにもない、と言われるのはこのため。

Lothar Haselberger ed.,
Appearance and Essence:
Refinements of Classical Architecture; Curvature.

University Museum Monograph 107, Symposium Series 10.
Proceedings of the Second Williams Symposium on Classical Architecture, held at the University of Pennsylvania, Philadelphia, April 2-4, 1993
(The University Museum, University of Pennsylvania, Philadelphia, 1999)
xvi, 316 p.

意図的に歪ませるというこの手法について、専門家たちが集まり、世界で初めて開催されたシンポジウムの記録。J. J. Coulton, M. Korres, M. Wilson Jones, P. Grosなど、古典古代建築の研究において、とてもよく知られた学者たちによる発表が含まれています。
このシンポジウムを纏めているHaselbergerは、トルコにあるディディマのアポロ神殿に残されていた、柱が曲線を描きながら先細りとなっている設計の下図を報告した人。

Lothar Haselberger,
"Werkzeichnungen am Jüngeren Didymeion: Vorbericht",
Istanbuler Mitteilungen 30 (1980), pp. 191-215.

は日本でも伊藤重剛氏によって紹介されたりしていて、知られた論文。
「リファインメント」というのは、実は建築の事典に載っていないことが多く、

"This book focuses on curvature and other refinements of Classical architecture - subtle, intentional deviations from geometrical regularity, that left no line, no element of a structure truly straight, or vertical, or what it appears to be."
(p. v)

と冒頭にわざわざ説明が改めてなされてもいます。xvページに"Introductory Bibliography"が設けられており、ここでリファインメント研究の先駆者、F. C. PenroseW. H. GoodyearA. K. Orlandosたちの著作が挙げられています。

中国建築におけるリファインメント、としてHuei-Min Luという人が中国の建築書「営造方式 Ying-tsao Fa-shih」(1103年)を扱っています(pp. 289-292)。
この建築書については、竹島卓一「営造方式の研究」(1972年)が有名。J. ニーダムによる紹介もありますけれども、世界で本格的な解説書はこれしか出版されていません。日本人だけが「営造方式」の注解書を読むことができるという状況にあるため、この研究者もSsu-cheng Liang, A Pictorial History of Chinese Architecture (Cambridge, Mass. 1984)の図版を挙げつつも、日本語からの翻訳も掲げています。柱を中心に向けてごく僅か、傾けるという手法を簡単に紹介。

「営造方式の研究」の分厚い手書き原稿は、いったん1942年に完成されたものの、第二次世界大戦の空襲によって消失。にも関わらず、再度の執筆が開始され、1949年に学位論文として提出されたという経緯が知られています。及び難い、不屈の精神。
中央公論美術出版社から出された3巻本の「営造方式の研究」は、2000ページを超える大著。

会議が開催された1993年以降の研究も付加されており、また19世紀・20世紀の建築で見られる同様の手法が巻末にリストアップされています。建築意匠の普遍的な手法としてこの矯正を見ようとするあらわれで、面白い。

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